藤田嗣治
没後55年 藤田嗣治と猫展にて展示される作品の中から、藤田嗣治の油彩画「親子猫」をご紹介します。
「親子猫」は、1936年(昭和11年)に制作されたキャンバスに油彩で描かれた作品で、個人が所蔵しています。この作品は、画家・藤田嗣治が晩年まで繰り返し描いた猫を主題とした作品の一つです。
藤田嗣治は生涯にわたり猫を深く愛し、自身の友であり家族であると語っていました。猫は彼の作品において、裸婦像と並び立つ代表的なモチーフとして位置づけられています。藤田は自身の自画像や裸婦像の中にも猫を描き込むことが多く、それはあたかも彼のサインのようでもありました。 「親子猫」が制作された1936年頃、藤田は日本に滞在しており、この時期には横幅50メートルにも及ぶ猫をモチーフとした六曲一双の屏風絵を完成させるなど、精力的に猫の作品を手がけていました。彼は猫の気まぐれで、時には野性的でありながら、時に甘えるような生き生きとした姿を愛情深く観察し、作品に落とし込んでいます。本作「親子猫」では、寄り添い満足げに眠る親猫と子猫の姿を通して、猫の親子が持つ温かい愛情や絆を表現する意図があったと考えられます。
「親子猫」はキャンバスに油彩で描かれています。藤田嗣治の絵画を特徴づける最も有名な技法は、彼の「乳白色の肌(グラン・フォン・ブラン)」と呼ばれる独特の地塗りです。これは、炭酸カルシウムを油絵具のシルバーホワイトと混ぜ合わせ、独自の配合で画面に塗布することで生み出されました。さらに、仕上げにベビーパウダー(タルク)を使用して表面の油分を取り除くことで、陶器のような光沢を持ちながらも温かみのある、なめらかな半光沢の質感を実現しました。この技法は主に裸婦像で知られていますが、猫の柔らかい毛並みやしなやかな身体の表現にも応用され、彼の描く猫に独特の生命感と質感を付与しています。 また、藤田は日本画の浮世絵に影響を受けた細い線描を多用しました。面相筆のような細い筆を使い、油性下地の上に墨で輪郭線を描くという、西洋画にはない独自の技法を確立しました。この繊細な線描が、猫の体の曲線や細やかな毛並みを表現する上で重要な役割を果たしています。
藤田嗣治の作品における猫は、野性と優雅さの象徴とされています。気まぐれでミステリアスな存在でありながら、画家にとっては深い愛情の対象でした。本作「親子猫」では、寄り添い眠る親猫と子猫の姿が描かれており、親猫の慈しみと子猫の甘えが感じられ、見る者に親子の愛情や安らぎといった普遍的なテーマを想起させます。猫たちの柔らかな体のラインや温かみのある毛並みからは、藤田の猫への深い愛情と優れたデッサン力がうかがえます。
藤田嗣治は、20世紀初頭の西洋美術界において最も重要な日本人芸術家として高く評価されています。彼の独自性あふれる画風は、西洋絵画の技法に日本画の要素を融合させたものであり、パリの美術界で一世を風靡しました。中でも猫の絵は、彼の代表的なモチーフの一つとして不動の人気を誇り、需要が高く、市場でも高価に取引されています。 藤田の描く猫は、その後の日本の洋画家たちにも大きな影響を与え、猫を魅力的な主題として定着させるきっかけの一つとなりました。彼の作品は、今なお多くの人々の心を捉え続けています。