藤田嗣治
藤田嗣治が1933年(昭和8年)に制作した「三匹の猫」は、猫をこよなく愛した画家の深い洞察と独特の技法が凝縮された作品です。本作品は、墨と紙、あるいは墨と水彩、紙という素材が用いられ、下関市立美術館に所蔵されています。作品の寸法は44.7 × 52.3 cmです。
制作背景と意図 藤田嗣治は、1920年代にパリで拾った一匹の猫をきっかけに、生涯にわたり猫を描き続けました。彼は猫を単なるペットではなく、友人であり家族であると語り、その姿を丹念に観察しました。 「三匹の猫」が制作された1933年は、藤田が南米や北米での長期滞在を終え、日本に帰国した時期にあたります。 この作品は、彼の「乳白色の肌」の裸婦像と並び、藤田の代名詞ともいえる猫のモチーフを、日本画の伝統的な素材である墨と紙で表現している点に特徴があります。 猫は、多種多様な個性がしのぎを削るパリ画壇において、藤田自身の存在を強く印象付けるための不可欠なモチーフとなっていきました。 1930年に出版された挿画本『猫の本』に見られるように、藤田は猫一匹一匹の特徴を捉え、豊かな個性を与えることを得意としていました。
技法と素材 本作品には墨と紙、また一部では水彩も用いられています。 藤田は、日本画の繊細な線描技法を西洋画に取り入れた独自のスタイルを確立しました。 特に、面相筆と墨による細い輪郭線と、その上から施される繊細な陰影は、猫のしなやかな体の曲線や柔らかな毛並みを表現するのに非常に適していました。 この技法は、陶器のような光沢と温かみを持つ「乳白色の肌」と呼ばれる独自の絵具と並び、彼の作品を特徴づける重要な要素となっています。
作品が持つ意味 藤田嗣治にとって猫は、気まぐれで野性的な一面もあれば、甘えるような仕草も見せる、生き生きとした存在でした。 作品に描かれた猫たちは、その毛の柔らかさ、茶目っ気のある姿勢、そして体の温かさまでもが伝わってくるような表現で描かれています。 猫は藤田の創作活動の初期から晩年まで繰り返し登場するモチーフであり、時には困難な時期における藤田への恩返しのような意味合いも込められていたのかもしれません。 彼が描く猫たちは、鑑賞者に親近感を与え、猫への深い愛情を感じさせます。
評価と影響 藤田嗣治の猫の作品は、その人気が今や不動のものとなり、価格も高騰を続けています。 彼は、西洋絵画において主要なモチーフではなかった猫を、魅力的なテーマへと昇華させたことで、日本の洋画における猫の表現史に大きな影響を与えました。 藤田の登場以降、多くの日本の洋画家たちが猫を描くようになり、彼の直接的な影響を受けた画家もいれば、日本と西洋の伝統の間で葛藤しながら独自の猫表現を模索した画家もいました。 「三匹の猫」をはじめとする藤田の猫の作品群は、単なる動物画の枠を超え、画家の個性と時代背景を映し出す重要な作品として、今日でも高く評価されています。