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メッサリーナ(『猫の本』より)

藤田嗣治

藤田嗣治が1930年に制作した作品「メッサリーナ」(『猫の本』より)は、現在「没後55年 藤田嗣治と猫展」にて展示されています。軽井沢安東美術館に所蔵されているこの作品は、画家の猫への深い愛情と、その精緻な描写技法を示す貴重な一点です。

制作背景と経緯

作品「メッサリーナ」は、藤田嗣治が1930年にアメリカのニューヨークで出版した挿画本『猫の本』に収められた21点のドローイングの一つです。この本は、イギリスの詩人マイケル・ジョセフがそれぞれの猫に名前を付け、散文詩を添える形で構成された85ページの作品集で、500部限定で刊行されました。

藤田はフランスに渡って間もない頃、パリで出会った一匹の猫を拾い、自宅に連れ帰ったことをきっかけに、猫を身近な画題として描き始めました。1920年代には、「乳白色の裸婦」や自画像の中に猫を登場させ、猫はおかっぱ頭やロイドメガネと共に藤田を象徴するアイコン的存在となっていきます。1929年には版画集『猫十態』を、そして翌1930年に『猫の本』を出版し、猫は藤田作品において脇役から主要なモチーフへと昇華されました。

「メッサリーナ」に描かれた猫は、藤田が1928年に手がけた壁画パネル「構図Ⅰ」や、1929年の銅版画集『猫十態』にも同様のポーズや表情で登場しており、藤田が愛着を持っていたモチーフを繰り返し作品に取り入れていたことがうかがえます。

技法と素材

「メッサリーナ」は、紙にコロタイプという技法で制作されています。コロタイプはガラス版を用いた製版方法で、藤田の繊細な筆致や猫のふんわりとした毛並みを忠実に再現することが可能でした。使用されている紙は、フランスから輸入された手漉きのアルシュ紙であり、当時の貴重な素材でした。

作品の意味と評価

藤田嗣治の猫の作品は、彼の猫に対する深い愛情、鋭い観察眼、そして卓越したデッサン力を示しています。『猫の本』においてマイケル・ジョセフによって一匹ずつ名前が与えられたことで、藤田が描く猫たちは一層個性豊かな存在として認識されるようになりました。

藤田は、西洋絵画では脇役とされることが多かった猫をあえて主役に据え、その独特の存在感と愛らしさを表現しました。これにより、日本の洋画における猫の表現に新たな道を開き、多くの洋画家たちに影響を与えたと評価されています。

『猫の本』は、藤田作品のファンのみならず、猫を愛する人々からも人気を集めています。軽井沢安東美術館が藤田嗣治の作品を収集するきっかけも、一枚の可愛らしい猫の版画に心を惹かれたことから始まったとされており、「猫」のモチーフは同美術館のコレクションの中核をなしています。