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自画像

藤田嗣治

藤田嗣治《自画像》(1927年)作品紹介:自己を刻んだ線の表現

本作品は、没後55年を記念して開催される「藤田嗣治と猫展」にて紹介される、画家・藤田嗣治が1927年(昭和2年)に制作した《自画像》です。紙にドライポイントという技法を用いて制作され、現在は下関市立美術館に所蔵されています。

制作背景・経緯・意図

藤田嗣治は生涯にわたり数多くの自画像を制作しており、それらは自身の変化や芸術家としてのアイデンティティを映し出す鏡のような役割を果たしていました。特に1920年代は、パリで「エコール・ド・パリ」の寵児として国際的な名声を確立した、彼の「黄金時代」と呼ばれる時期にあたります。おかっぱ頭に丸眼鏡、そしてチョビ髭という彼のトレードマークともいえる容貌は、東洋の画家としてパリで認められるための、彼自身の「セルフブランディング」の一環でした。この《自画像》もまた、国際的な舞台で活躍する自身の姿を確立しようとする藤田の意識が反映されたものと考えられます。1927年には、藤田はパリのサロンへの出品を最後に、より大画面の絵画制作へと移行していきます。この時期の自画像は、一つの転換点を迎える彼の自己認識が凝縮されているとも解釈できます。

技法と素材

本作品は、紙に「ドライポイント」という銅版画の技法を用いて制作されています。ドライポイントは、先の鋭い金属製の針(ニードル)で銅版に直接線を彫り込むことで版を作る技法です。この際、彫られた線の両側に金属のめくれ(バリ、またはまくれ)が生じます。このバリがインクを抱え込むことで、印刷された線には独特の柔らかさやにじみ、そしてベルベットのような深みと濃淡が生まれるのが特徴です。藤田は版画においても高い技術を発揮し、特にドライポイントは彼の繊細な描線と相性が良く、多くの版画作品でこの技法を駆使しました。紙という素材に直接刻まれた線は、藤田の内面を率直に表現する手段として選ばれたと考えられます。

意味

藤田嗣治の自画像は、単なる肖像画に留まらず、彼が築き上げた「フジタ」という芸術家像の象徴でもあります。特徴的な風貌は、彼がパリで「異邦の画家」として生き抜くための戦略的な演出であり、この《自画像》においても、画家としての揺るぎない自信と個性、そしてどこか茶目っ気のある人間性が表現されていると見ることができます。藤田はしばしば自身の作品に猫を登場させ、猫は彼の分身や親しい存在として描かれました。自画像に猫が寄り添う構図は、彼自身の内面的な孤独や、無垢なものへの愛着を示すこともありました。

評価と影響

藤田嗣治は、その生涯を通じて数多くの自画像を制作し、それらは彼の芸術の変遷を辿る上で重要な位置を占めています。特に1920年代のパリでの成功は、彼の自画像と独自のスタイルが強く結びついていました。ドライポイントによる版画作品は、油彩画とは異なる表現の可能性を開き、彼の繊細な線描の魅力をより直接的に伝えることに成功しました。彼の自画像は、単なる記録ではなく、画家としての自己意識を表現する行為であり、後の画家たちにも影響を与え、自己と向き合う表現の一つの形を示したと言えるでしょう。下関市立美術館に所蔵されている本作品は、藤田が国際的なキャリアを築き上げていた時期の重要な自画像の一つとして、彼の芸術活動を理解する上で貴重な資料となっています。