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猫を抱く子ども

藤田嗣治

没後55年を迎える藤田嗣治の作品「猫を抱く子ども」は、1923年(大正12)に制作された、紙に墨と木炭を用いた個人蔵の作品です。この作品は、藤田の画業における重要な時期に生まれ、彼の独自の画風と、猫というモチーフへの深い愛情を象徴しています。

藤田嗣治は1913年にパリへ渡り、エコール・ド・パリの一員として活動しました。彼は、当時の西洋画壇において独自の表現を追求し、日本画の技法を油彩画に取り入れることで注目を集めます。特に、1920年代は藤田の絶頂期とされ、多くの裸婦像や猫の作品が制作されました。1923年は「豊作年」とも呼ばれるほど、多数の作品が描かれた年です。彼は「乳白色の肌」と称される独特の裸婦像で高い評価を得ましたが、その傍らで、猫や子どもを題材にした作品も数多く手掛けています。

「猫を抱く子ども」において用いられている技法は、日本の水墨画を思わせる細く長く引いた墨の線が特徴です。藤田は、西洋画の画材である油絵具に対し、墨と面相筆(日本画で顔の輪郭や細部を描くのに用いる細長い筆)を用いることで、輪郭線を描きました。紙という素材に墨と木炭を使用することで、油彩画とは異なる、より直接的で繊細な表現を可能にしています。彼の作品に多く見られる、まるで陶磁器のような滑らかな肌や、墨の定着、筆運びの良さは、下地にタルク(ベビーパウダー)を用いるなど、独自の研究によって生み出されたものです。この技法は、水性の墨が油性下地にも乗ることを可能にし、平面的ながらも奥行きを感じさせる独自の肌の質感と線の表現を実現しました。

藤田は生涯にわたり猫を描き続け、猫を友人であり家族と語っていました。 彼の作品に登場する猫は、気まぐれで時に野性的でありながら、甘えているような生き生きとした姿で表現されています。 「猫を抱く子ども」は、こうした藤田の猫への愛情と、子どもの無垢な姿が結びついた作品であり、見る者に優しさや温もりを感じさせます。猫は藤田にとって、自身のサインのように自画像に描き込んだり、自己を印象付けるために欠かせないモチーフであり、その作品には猫への愛と高いデッサン力がうかがえます。

藤田の作品は、その独特な「乳白色の肌」の裸婦像や、日本画と西洋画を融合させた独自の画風により、パリ画壇で絶賛され、一躍時代の寵児となりました。 彼の猫の絵もまた、その繊細な描写と愛らしい姿から、今も昔も変わらぬ人気を誇っています。 「猫を抱く子ども」は、藤田嗣治が確立したオリジナリティあふれる画風の中で、彼が大切にしたテーマの一つである「猫と人間」の関係性を深く描いた作品として、高く評価されています。