テオフィル=アレクサンドル・スタンラン
没後55年 藤田嗣治と猫展 より テオフィル=アレクサンドル・スタンラン作 《二匹の猫》
本展覧会「没後55年 藤田嗣治と猫展」にて紹介される作品の中から、テオフィル=アレクサンドル・スタンランの《二匹の猫》について解説します。
背景・経緯・意図 テオフィル=アレクサンドル・スタンラン(1859-1923)は、スイスに生まれ、フランスのアール・ヌーヴォー期に活躍した画家、版画家、彫刻家です。1881年にパリのモンマルトルへ移り住み、芸術家たちのコミュニティに参加しました。特にキャバレー「ル・シャ・ノワール(黒猫)」のためのポスター制作を通じて、その名を広く知られるようになります。
スタンランの作品には、彼が生涯にわたって深く愛した猫が頻繁に登場します。モンマルトルで数十匹もの野良猫に餌を与えていたほどの大の猫好きであったスタンランは、猫たちの独特なポーズや表情を愛情深く観察し、数多くのドローイングや版画に収めました。 彼の作品における猫は、単なる愛玩動物としてではなく、当時のブルジョワ社会の規範から解放され、自由に生きるボヘミアンの象徴、あるいは、都市の片隅で静かに暮らし、あらゆることを見つめる「もうひとりの語り手」として描かれることが多かったとされています。 スタンランは、自身の作品を「抑圧に対する抵抗の道具」と見なし、社会の弱者や労働者階級の状況を代弁する媒体として芸術を用いました。猫のモチーフは、こうした彼の社会的な関心とも深く結びついています。
技法・素材 本作《二匹の猫》は1894年に制作され、布に刷られたリトグラフであり、H. N. コレクションに所蔵されています。 リトグラフ(石版画)は、スタンランが多用した版画技法の一つです。石や金属の版面に油性の描画材料で絵を描き、水と油の反発作用を利用してインクを付着させ、紙などに転写することで版画を制作します。この技法は、線描の自由度が高く、色彩豊かな表現が可能であるため、当時のポスターや雑誌の挿絵に広く用いられました。スタンランは、流れるような曲線と平面的な色面を特徴とするアール・ヌーヴォーのスタイルを取り入れつつ、親しみやすい猫の姿を描写しました。
意味・評価・影響 《二匹の猫》は、スタンランが猫の表現において確立した特有の魅力が凝縮された作品と言えます。彼の描く猫たちは、単にかわいらしいだけでなく、どこか人間味を帯びた表情や、リラックスした自然なポーズで描かれることが特徴です。これらは、スタンランが猫という存在に対し、深い共感と愛情を持って接していたからこそ捉えられたものです。
スタンランの猫の作品は、その魅力的な描写から今日に至るまで非常に人気が高く、彼の代名詞となっています。 彼は、大衆の喜怒哀楽を表現し、美術の世界と一般大衆を結びつけることに尽力しました。 キャバレー「ル・シャ・ノワール」のポスターに描かれた黒猫は、アール・ヌーヴォーを象徴するアイコンの一つとして世界的に認知されており、その作者がスタンランであることは、彼の芸術が現代においても多大な影響を与え続けている証左と言えるでしょう。