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テーブルの下の黒い猫

ピエール・ボナール

ピエール・ボナール作「テーブルの下の黒い猫」:日常の詩情と親密な観察

本稿では、没後55年を迎える藤田嗣治の展覧会に際し、同じく猫を主題とした作品として、ピエール・ボナールが1897年頃に制作した油彩画「テーブルの下の黒い猫」をご紹介します。本作品は、キャンバスボードに油彩で描かれ、H. N. コレクションに収蔵されています。

制作背景と意図

ピエール・ボナール(1867-1947)は、「ナビ派」の一員として活動したフランスの画家であり、「日本かぶれのナビ」とも称されるほど日本美術、特に浮世絵の影響を強く受けていました。彼は身近な日常生活、特に家族や室内、そして動物たちを好んで描きました。ボナールが描く猫たちは、単なるペットではなく、画家の生活に寄り添う親密な存在として登場します。彼の猫への深い愛情と、何気ない日常の一コマから詩情を見出す視点が、これらの作品の根底にあります。

「テーブルの下の黒い猫」もまた、彼のこうした視点から生まれた作品と考えられます。食卓の下という家庭内のありふれた空間に潜む猫の姿を通して、隠れた生命感や、見る者だけが共有できる親密な瞬間を捉えようとした意図がうかがえます。

技法と素材

本作品は、キャンバスボードに油彩で描かれています。ボナールは、写実性を追求するよりも、対象の本質や自身の印象、感情を表現するために、あえてデフォルメや省略を用いることがありました。彼が1894年頃に描いた「白い猫」など、猫を主題とした他の作品に見られるように、伸びやかな線や、時にユーモラスにも見える形態の歪曲が特徴です。背景は簡潔に処理され、主題である猫を際立たせる構成が取られています。こうした装飾的なスタイル、奥行きの少ない画面構成、非対称な構図は、ナビ派の典型であり、日本画からの着想が色濃く反映されています。猫の姿や足の位置を決めるために、ボナールが多くの習作を重ね、構図やポーズを試行錯誤していたことが、他の作品のX線調査などから明らかになっています。

作品が持つ意味

「テーブルの下の黒い猫」は、猫という身近な存在を通して、日常の中に潜む静けさや愛らしさ、そして時に予測不能な動物の性質を表現しています。テーブルの下という隠れた場所は、猫の自由な振る舞いや、人間とは異なる彼ら独自の空間を示唆しています。作品全体から漂う詩的でどこか不思議な雰囲気は、ボナールが単なる動物描写を超えて、生活空間における生命の息遣いを描き出そうとしたことの証と言えるでしょう。彼の作品における猫は、時に「コミカルでユーモアのある絵」と評されるように、見る者に微笑みをもたらす存在でもあります。

評価と影響

ボナールは、ナビ派の画家として、印象派とは異なる象徴的で装飾的な表現を追求しました。彼の作品は、後に「アンティミスト(親密派)」とも呼ばれる、親密な室内風景や人物像の表現へとつながっていきます。猫を主題とした作品群は、彼の人間や動物に対する温かいまなざしを象徴するものとして、多くの人々に愛されてきました。

「テーブルの下の黒い猫」が展示される「没後55年 藤田嗣治と猫展」は、藤田嗣治の没後55年を記念し、2023年に開催された展覧会を指している可能性が高いです。藤田嗣治もまた猫を愛し、多くの作品に猫を描いた画家として知られています。この展覧会は、藤田のフランスにおける作品を中心に、彼の生涯と制作背景を紹介するものでしたが、本稿執筆時点では、ピエール・ボナールの作品が具体的にこの展覧会で展示されたという直接的な情報は見当たらず、展覧会の公式情報も藤田嗣治の作品に特化して紹介されています。しかし、両者の作品が並べられることで、20世紀初頭のフランスで活躍した二人の画家が、それぞれ異なるアプローチで猫という共通の主題をどのように捉え、表現したのかを比較し、深く考察する貴重な機会となるでしょう。