モーリス・ド・ヴラマンク Maurice de Vlaminck
本展「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にてご紹介するモーリス・ド・ヴラマンクの油彩画《ナンテールのセーヌ川》は、1906年から1907年頃に制作された作品です。この時期は、ヴラマンクがアンリ・マティスやアンドレ・ドランらと共に「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれる芸術運動の中心にいた、最も活気に満ちた時代にあたります。
モーリス・ド・ヴラマンクは1876年にフランスで生まれ、正規の美術教育をほとんど受けることなく独学で絵画を制作しました。彼の芸術家としてのキャリアにおいて決定的な転機となったのは、1900年にアンドレ・ドランと出会い、共同でアトリエを構えたこと、そして1901年にパリで開催されたフィンセント・ファン・ゴッホの展覧会を見たことでした。ヴラマンク自身が「父親よりもゴッホが好きだ」と語るほどにゴッホから強い衝撃を受け、その激しい色彩と力強い筆致に影響されました。
このゴッホからの影響を背景に、ヴラマンクはドランを通じて知り合ったマティスらと共に、内面の感情を色彩で表現する「フォーヴィスム」の旗手として活動を開始します。1905年のサロン・ドートンヌでは、彼らの強烈な色彩表現が批評家ルイ・ヴォークセルによって「野獣(フォーヴ)の檻」と評され、この運動の名称が誕生しました。ヴラマンクは、目に映る客観的な色彩ではなく、自らの心で感じる色合いを表現することを目指し、「衝動的に青の上に赤を使い、描いているものについて考えずに、ブラシで気持ちを表現したかった」と述べています。
作品《ナンテールのセーヌ川》は、油彩、カンヴァスを素材としています。ヴラマンクはこの時期、原色を多用し、力強く激しい筆使いを特徴としました。厚みのある絵具がカンヴァスに直接的に置かれ、感情が爆発するような迫力あるタッチが画面全体に躍動感を与えています。写実的な描写に囚われず、色彩がデッサンや構図に従属することなく、感覚に直接訴えかける表現手段として用いられています。
この作品は、フォーヴィスムの理念そのものを体現しています。ナンテールのセーヌ川というありふれた風景が、ヴラマンクの主観的な感情を通して、鮮やかで非現実的な色彩で描かれています。それは、単なる風景画ではなく、目に見える現実を超え、画家の内なる情熱や生のエネルギーを色彩と筆致で表現しようとしたものです。彼の作品は、キュビスムのような理知的な構成とは異なり、感覚を重視し、自由な色彩によって感情を解放するという意図が込められています。
ヴラマンクの初期、特にフォーヴィスム時代の作品は高く評価されており、その中でも「ナンテールのセーヌ川」が制作された1906年から1907年は彼の絶頂期にあたります。彼はフォーヴィスムの主要な創設者の一人として、20世紀初頭の美術に大きな影響を与えました。ゴッホの精神を受け継ぎ、色彩の持つ表現力を最大限に引き出すことで、その後の画家たちにも影響を与えましたが、彼自身は1907年頃にポール・セザンヌの回顧展に触発され、色彩からより堅固な画面構成へと関心を移し、フォーヴィスムの作風からは離れていきました。しかし、初期のフォーヴ時代の作品に見られる、迫力ある色彩と力強いタッチは、ヴラマンクの芸術家としての独自性を確立し、多くの人々に強い印象を残しています。