オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

子どもの遊び Children's Games

エドゥアール・ヴュイヤール Edouard Vuillard

エドゥアール・ヴュイヤール作《子どもの遊び》

この度ご紹介するのは、1897年に制作されたエドゥアール・ヴュイヤールによる《子どもの遊び》という多色刷りリトグラフ作品です。この作品は、画家が属したナビ派の芸術観と、彼独自の「親密派」としての視点、そして日本美術からの影響が色濃く反映されています。

制作の背景・経緯・意図 エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940年)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてフランスで活躍した画家であり、版画家です。彼は1890年代に結成された芸術運動「ナビ派」の主要メンバーの一人でした。「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」を意味し、彼らは印象派が追求した自然の光の表現に対抗し、絵画そのものの平面的な秩序や装飾性を重視しました。ポール・ゴーギャンの総合主義や象徴主義から強い影響を受け、色彩や形態を自由に操り、個性的な表現を目指したのです。

ヴュイヤールは、特に室内や日常生活の情景を好んで描き、「親密派」(アンティミスト)と称されました。彼は、自らの母親や姉妹、友人たちの姿を題材に、空間と人物の関係性や心理描写に重点を置きました。光や色の効果を追求する印象派とは異なり、身近な題材を通して温かみと親しみやすさを感じさせる作品を生み出しました。

また、ヴュイヤールは日本の浮世絵や染織品に深い関心を持ち、それらを収集していました。日本の屏風絵や襖絵などの装飾芸術に感銘を受け、その平面的で装飾的な色彩感覚、構図、細部へのこだわりを自身の作品に取り入れています。日本風と西洋絵画を融合させた屏風絵も制作しており、その影響は版画作品にも見られます。

技法や素材 本作《子どもの遊び》は、1897年に多色刷りリトグラフ、紙という技法と素材で制作されました。リトグラフは「石版画」とも呼ばれる平版画の一種で、ギリシャ語で「石」を意味する「lithos」と「描く、記す」を意味する「graphia」に由来します。

この技法は、水と油が反発し合う性質を利用しています。まず、石灰岩や金属板の平らな版面に、油性のクレヨンや絵具で直接図柄を描きます。描かれた部分は油に馴染みやすくなり(親油性)、描かれていない部分は薬品処理によって水に馴染みやすくなります(親水性)。版に水を与えると親水性の部分に水が保持され、油性インクを塗布すると水に弾かれて親油性の描画部分のみにインクが付着します。その後、紙を置いてプレス機で圧力をかけることで、描かれたイメージが紙に転写されます。

多色刷りリトグラフの場合、使用する色の数だけ版を用意するのが一般的であり、それぞれの版で異なる色を刷り重ねて作品を完成させます。これにより、豊かな色彩表現と装飾性に富んだ作品が生まれるのです。ヴュイヤールの作品に見られる明確な輪郭線や平面的な色彩は、このリトグラフの特性を最大限に活かしたものです。

作品の意味 《子どもの遊び》という作品名が示す通り、ヴュイヤールが日常の親密な情景を慈しむ「親密派」としての主題が表れています。子供たちの無邪気な遊びの様子は、彼の作品全体に通底する、身近な人々の生活への温かい眼差しを象徴していると言えるでしょう。

ナビ派の一員として、ヴュイヤールは絵画を「それ自体自律的なもの」と捉え、美的・空間的に秩序づけられた平面としての絵画を探求しました。そのため、この作品においても、単なる写実的な描写に留まらず、色彩や形、構図が装飾的に構成され、画面全体で豊かなハーモニーを奏でています。日本美術の影響からくる平坦な色面や独特の構図も、子供たちの遊びという主題に新たな視点を与え、見る者に穏やかでありながらも装飾的な美しさを伝えます。

評価や影響 ヴュイヤールは、ナビ派の画家として、ファインアートの枠を超えてポスターデザイン、テキスタイル、装丁、舞台美術など多岐にわたる分野で活躍し、アール・ヌーヴォーの先駆的役割を果たしました。彼は実際に劇団「作品座(Théâtre de l'Œuvre)」の美術部門で働き、舞台美術も手掛けています。

彼の描く親密な室内情景と、温かみのある色彩、そして洗練された構図は、後の世代の画家たちにも影響を与えました。晩年にはパリのシャイヨー宮の室内装飾を担当するなど、幅広い活動を通じて、フランス美術史に確固たる地位を築きました。《子どもの遊び》のような版画作品は、ヴュイヤールが絵画だけでなく版画においても、ナビ派の理念と彼自身の個性を融合させ、日常の美しさを表現しようとした重要な証拠となるのです。