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パリの日曜日、『ラ・ルヴュ・アンデパンダント」誌より Parisian Sunday from La Revue indépendante

ポール・シニャック Paul Signac

本記事では、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」展に展示されているポール・シニャックの作品《パリの日曜日、『ラ・ルヴュ・アンデパンダント』誌より》についてご紹介します。


ポール・シニャック作《パリの日曜日、『ラ・ルヴュ・アンデパンダント』誌より》

制作背景と経緯

この作品は、1888年1月にポール・シニャックによって制作されたリトグラフであり、『ラ・ルヴュ・アンデパンダント』誌という当時の前衛的な芸術雑誌に関連して発表されました。ポール・シニャック(1863-1935)は、フランスの新印象派を代表する画家の一人です。当初は建築を学びましたが、18歳で画家の道に進み、クロード・モネの作品に影響を受けました。1884年にはジョルジュ・スーラと出会い、彼が提唱した「点描画法」に深く共鳴し、新印象派の中心的な存在となっていきます。

「パリの日曜日」という主題は、19世紀後半のパリにおける都市生活や市民の余暇の光景を捉え、当時の社会情勢や人々の日常に対する画家の観察と関心を示唆していると考えられます。また、シニャックは無政府主義(アナキズム)の思想にも影響を受けており、作品を通じて自由と調和に満ちたユートピア的な世界を描こうとしたとされています。

技法と素材

本作は「リトグラフ」という版画技法を用いて、紙に制作されています。リトグラフは、水と油の反発作用を利用した平版印刷の一種であり、石や金属板に油性の画材で描いた後、インクを付着させて紙に転写するものです。キャンバスに直接絵具を置く点描油彩とは異なりますが、シニャックは点描画法で培った色彩理論や構成をリトグラフにも応用し、独特の視覚効果を生み出しました。

新印象派の核となる「点描画法(ディヴィジョニズム)」は、純粋な色の小さな点をキャンバスに並置することで、鑑賞者の網膜上で色が混じり合い、より鮮やかで輝きのある画面を生み出すことを目指しました。この科学的なアプローチは、印象派の直感的な色彩表現とは一線を画すものでした。

作品の持つ意味

《パリの日曜日、『ラ・ルヴュ・アンデパンダント』誌より》は、単なるパリの風景描写にとどまらず、新印象派が追求した色彩の科学と、当時の社会や文化に対する画家の視点が融合した作品であると言えます。掲載された『ラ・ルヴュ・アンデパンダント』誌は、当時の芸術批評家フェリックス・フェネオンなど、新印象派を擁護する人物が関わっており、この作品もまた、新印象派の新しい美学を世に問う役割を担っていたと考えられます。都市の日常風景を描きながらも、分割された色彩によって表現された画面は、秩序と調和を求める新印象派の理念を反映しています。

評価と影響

ポール・シニャックは、新印象派の創始者であるジョルジュ・スーラが1891年に夭折した後、その理論を発展させ、広く知らしめる上で決定的な役割を果たしました。彼は1899年に点描画法の理論書『ウジェーヌ・ドラクロワから新印象主義まで』を出版し、新印象派の理論的支柱となりました。

シニャックの画業は、アンリ・マティスをはじめとするフォーヴィスムの画家たちや、ベルギー、オランダの画家たちに大きな影響を与えました。また、フィンセント・ファン・ゴッホもパリ滞在中に新印象派の技法に影響を受け、独自の点描表現を試みています。シニャックは気難しい性格で知られたゴッホとも友好的な関係を築き、ゴッホが耳を切った事件の直後にはアルルに見舞いに行った逸話も残っています。このように、シニャックの作品と理論は、次世代の芸術家たちに多大な影響を与え、20世紀美術の展開において重要な位置を占めています。