フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
この度、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて展示されるフィンセント・ファン・ゴッホの《ヨーゼフ・ブロックの肖像》は、画家の初期の探求が凝縮された貴重な一点です。1882年11月、ゴッホがオランダのハーグで活動していた時期に制作されたこの作品は、彼が本格的な画業を始めて間もない頃の、人物描写への深い洞察を示しています。
フィンセント・ファン・ゴッホは、1881年から1882年にかけて本格的に絵を描き始め、ハーグに拠点を移しました。この時期、彼はハーグ派の画家アントン・モーヴから油彩と水彩の指導を受けつつ、自身の芸術的道を模索していました。 1882年11月頃、ゴッホは労働者階級の多様な人物を描くために個人の肖像を描き始めました。《ヨーゼフ・ブロックの肖像》もその一環であり、彼は弟テオへの手紙の中でこの肖像画について言及しています。 ヨーゼフ・ブロックは「ビネンホフの野外司書」とも呼ばれる町の書店員であり、ゴッホは彼のような市井の人々を描くことで、人間の内面や目の力を強調しようと試みました。 これは、農民や労働者を主題としたジャン=フランソワ・ミレーの作品に触発された、当時のゴッホの主要な関心事と深く結びついています。
本作は、鉛筆、不透明水彩、リトクレヨン、そして紙を素材として用いて制作されました。 ゴッホは当時、主に水彩画を手がけており、油絵を本格的に始めるのはモーヴの指導を受けてからでした。色彩を扱うことにまだ困難を感じていたため、この頃は色を用いることが稀でした。 彼は鉛筆画において、黒鉛の光沢を抑えるために牛乳を定着剤として使用し、「ベルベットのような黒」の表現を追求しました。 これにより、顔の陰影や立体感を鮮やかに表現することが可能となり、素描作品でありながらも深い情感が伝わる描写となっています。
《ヨーゼフ・ブロックの肖像》は、ゴッホが人物の「内面」を描き出そうとした初期の試みを示す作品の一つです。 当時のゴッホの人物画は、今日では彼の初期の傑作として高く評価されていますが、制作当時は批判を受けることもありました。 しかし、鉛筆と水彩、チョークによる緻密な描写は、彼のデッサン力の高さと、後の色彩豊かな油彩画へと繋がる表現への探求心を示しています。
現在、本作はファン・ゴッホ美術館に所蔵されていますが、かつては個人コレクションにありました。 この作品がファン・ゴッホ美術館に戻った経緯は、ゴッホの作品を世に広めるために尽力した弟テオとその妻ヨーハナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルらの家族の働きと深く関連しています。 彼ら家族の献身が、ゴッホの芸術を後世に伝え、その真価が認められる基盤を築きました。 《ヨーゼフ・ブロックの肖像》は、ゴッホという画家の人間観察と表現への初期の情熱を伝える、重要な作品として位置づけられています。