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ふたりの掘る女性が描かれたアントン・ファン・ラッパルト宛ての手紙(3枚目) Letter (third sheet) to Anthon van Rappard with sketch of Two Women Digging

フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh

作品紹介

フィンセント・ファン・ゴッホ「ふたりの掘る女性が描かれたアントン・ファン・ラッパルト宛ての手紙(3枚目)」

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)が1885年8月18日頃、ニューネンで制作した「ふたりの掘る女性が描かれたアントン・ファン・ラッパルト宛ての手紙(3枚目)」は、ペン・インク、紙という素朴な素材を用いて、当時のゴッホの芸術的関心と友人への深い思いを伝える貴重な作品です。この作品は「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて展示されています。

制作背景と意図 ゴッホは1883年12月から1885年11月までの約2年間、オランダの小さな村ニューネンで活動していました。この時期は彼の画業において初期の重要な段階であり、全作品の4分の1をこの地で生み出しています。 ニューネンでゴッホは、織工や畑で働く農民たちの生活を数多く描き、彼らの苦しみや魂の美しさを表現しようとしました。 彼の初期の代表作である「ジャガイモを食べる人々」もこの時期に制作されています。

本作が送られたアントン・ファン・ラッパルト(1858-1892)は、オランダの画家であり、1881年から1885年にかけてゴッホの友人であり助言者でした。ゴッホはラッパルトを高く評価し、特に彼の社会への関わり方に敬意を抱いていました。 ゴッホは弟のテオをはじめ、ラッパルトのような画家仲間にも多くの手紙を送り、その中にスケッチを添えることが頻繁にありました。 これらの手紙は、彼の作品の制作意図を伝え、相手からの反応を通じて自身の考えを発展させるための重要な手段でした。

「ふたりの掘る女性」のスケッチがこの手紙に添えられた意図は、ニューネン時代に彼が情熱を注いだ農民画の研究の一環として、あるいはラッパルトとの間で交わされていた芸術や社会問題に関する議論を視覚的に補足するためであったと考えられます。ゴッホは、巨匠たちの絵に描かれた人物が生きて働いていないと感じ、「働く農民の姿を描くことは近代美術の核心だ」と語っています。

技法と素材 この作品は「ペン・インク、紙」という素材で制作されています。 ゴッホは初期のデッサンにおいて、鉛筆や木炭に加え、手紙のスケッチではペンとインクを多用しました。彼は農民の頭部や姿態の習作を数多く制作しており、これは彼の芸術的成長における重要かつ基礎的な要素となりました。 この時期のゴッホは、荒々しく、しかし力強い筆致で、肉体労働者の姿を実直に捉えようとしました。

作品の意味 「ふたりの掘る女性」という主題は、ゴッホがニューネン時代に深く共感した労働者階級の人々の日常生活、特に肉体労働の尊厳を象徴しています。彼は農民たちを大地に根ざし、力強く生きる存在として捉え、その魂の美しさを表現しようとしました。 このスケッチは、彼が農民たちの労働にどれほどの価値を見出し、それをどのように芸術として昇華しようとしていたかを示すものです。手紙に描かれた日常的な労働の情景は、ゴッホが目にする世界をありのままに捉え、その本質を描き出すという初期のゴッホのリアリズムへの傾倒を示しています。

評価と影響 ゴッホの生涯において、彼の作品は商業的にはほとんど成功しませんでした。 ニューネン時代の作品は、後の鮮やかな色彩の作品と比較すると、暗く、時に粗野であると評されることもありました。 しかし、この時期に彼が農民や労働者の姿を徹底的に研究し、デッサン力を磨いたことは、その後の彼の画業の土台となりました。

ゴッホが遺した膨大な量の手紙は、彼の死後、弟テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルによって整理され、出版されました。 これらの手紙とそれに添えられたスケッチは、ゴッホの思考、制作プロセス、そして彼自身の芸術観を理解する上で不可欠な資料となり、彼の死後に世界的評価が高まる上で決定的な役割を果たしました。 本作もまた、ゴッホの人間性や芸術的探求の一端を伝える貴重な資料として、現在も多くの人々に鑑賞されています。