フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
フィンセント・ファン・ゴッホが1887年にパリで制作した油彩画《モンマルトルの菜園》は、画家が自身の芸術において重要な転換期を迎えていた時期の作品です。この作品は、現在開催中の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて展示されています。
ゴッホは1886年2月頃にパリへ移り住み、画商であった弟テオのアパートに身を寄せました。このパリ滞在期に、ゴッホは印象派や新印象派といった当時の先端的な芸術運動に触れ、それまでのオランダ時代の重厚で暗い色調から、鮮やかで明るい色彩へと画風を大きく変化させました。本作は、その変化の途上に描かれた風景画です。
作品の舞台となったモンマルトルは、当時、急速に都市化が進むパリにおいて、昔ながらの田園風景と近代的な建物が混在する、独特の雰囲気を持つ地域でした。ゴッホはこの都市と田園の境界にあるような空間に強い親しみを感じ、繰り返しモンマルトルの風景を描いています。この作品は、ゴッホとモンマルトルの関係性を象徴する一枚であり、バルビゾン派のミレーに代表される農民画から、印象派の画家たちが描く都市の姿へと、自身の表現が移行していく過渡期の心情が反映されていると考えられます。
本作は油彩、カンヴァスで描かれています。ゴッホはここで、当時の新印象主義の画家たちが用いた点描の技法を自身の作品に応用し始めています。しかし、ジョルジュ・スーラやポール・シニャックらが画面全体を均一な小さな点で埋めるのに対し、ゴッホは点描を用いる部分を地面や建物の一部に限定しています。屋根や地面の草などは、長く伸びる独自の筆致で表現されており、彼が単に新印象派の技法を模倣するのではなく、自己の表現様式に取り入れようとしていたことが見て取れます。
色彩においては、空、建物、人物、地面に青色を用い、対照的に建物と地面の一部には橙色を積極的に使用しています。これら補色の関係にある青と橙のコントラストは、画面に強い視覚効果をもたらしており、印象派の画家クロード・モネの作品にも見られる色彩表現をゴッホが吸収しようとしていたことを示唆しています。
構図は、画面の上半分を広々とした空が占め、手前には菜園が広がり、そこで作業する人物の姿が描かれています。菜園の境界線が奥に向かって伸びる遠近法が用いられ、その先には風車やアパートのような建物が見えます。風車にはフランスの国旗が掲げられており、当時のパリの風景が鮮やかに切り取られています。
《モンマルトルの菜園》は、ゴッホがオランダ時代の暗い画風から脱却し、印象派や新印象派の影響を受けながら、彼自身の独自の色彩感覚と筆致を確立していく過程を示す重要な作品です。昔ながらの農園と近代化された都市の要素が共存するモンマルトルの風景は、新しい画風を模索していたゴッホ自身の境遇とも重なり合うものがあったかもしれません。
ゴッホは生前、商業的な成功をほとんど収めることはありませんでしたが、没後、弟テオの妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)の尽力により、彼の作品は広く世に知られ、その評価は飛躍的に高まりました。この作品もそのコレクションの一つとして、アムステルダム市立美術館に所蔵され、ゴッホの画業を伝える上で不可欠な存在となっています。本展覧会においても、ゴッホの芸術の軌跡をたどる上で、パリ時代の重要な作品として紹介されています.