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ボートの浮かぶセーヌ川 The Seine with a Rowing Boat

フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」へようこそ。本日は、フィンセント・ファン・ゴッホがパリ時代に手がけた油彩作品《ボートの浮かぶセーヌ川》をご紹介いたします。


作品名:ボートの浮かぶセーヌ川 アーティスト名:フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh 制作年:1887年5月中旬-6月下旬 所蔵:個人蔵

作品の背景と制作意図

この作品は、フィンセント・ファン・ゴッホが弟テオを頼ってパリに滞在していた1887年、5月中旬から6月下旬にかけて制作されました。ゴッホにとってパリでの2年間(1886年~1888年)は、それまでのオランダ時代の暗い色調から脱却し、印象派や新印象派の芸術に触れることで、自身の画風を大きく変革させる重要な時期でした。彼はパリでアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、エミール・ベルナール、カミーユ・ピサロ、ジョルジュ・スーラ、ポール・ゴーギャンといった画家たちと交流し、彼らの影響を受けました。

ゴッホはパリ滞在中、イーゼルと画材を携えて戸外で制作することが多く、《ボートの浮かぶセーヌ川》もセーヌ川のほとりで題材を見つけて描かれました。彼はモンマルトル地区の風景を好み、この作品もスーラの代表作で知られるグランド・ジャット島の近くを描いたものと推測されています。 1887年の夏には、セーヌ川の風景を題材にした三連画を3組制作しており、本作はそのうちの1点です。

技法と素材

《ボートの浮かぶセーヌ川》は油彩でカンヴァスに描かれています。 この作品に見られるように、パリ時代に入ってゴッホのパレットは著しく明るくなり、短い筆致で描くスタイルが確立されました。 彼は印象派の色彩理論を実験的に取り入れ、それまでの重く暗い色調から、より鮮やかで調和の取れた色使いへと移行していきました。

よく見ると、絵の具の下には鉛筆による下描きの線が確認でき、特に水平線に沿ってその跡が明瞭に残っています。これは、彼が野外で描いたスケッチをスタジオで完成させる意図があったものの、未完成に終わった可能性を示唆しています。 画面全体には穏やかでありながらも調和の取れた色彩が用いられ、彼の自然光と大気の表現への熟達が見て取れます。

作品が持つ意味

この作品は、ゴッホがパリで経験した芸術的変革の証です。彼の作品は印象派の美学の影響を受けつつも、大胆な色彩と表現主義的な激しい筆致で自己の内面や情念を表現するポスト印象派としての独自性を確立していきます。

《ボートの浮かぶセーヌ川》は、静かで瞑想的な雰囲気をまとっています。 川面に広がる柔らかな光や大気の表現は、ゴッホがパリで培った色彩感覚と筆致の進化を物語っています。 印象派が外界の光の効果を捉えようとしたのに対し、ゴッホはそれを自らの感情や精神と結びつけ、後の表現主義の先駆けとなる独自の芸術を追求しました。

評価と影響

ゴッホは生前、商業的な成功をほとんど収めることができませんでした。 しかし、彼の死後、弟テオとその妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)の尽力によって作品は世界に広められ、その価値が再評価されることになります。

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」は、まさにこの家族の物語を軸に据えた展覧会です。 《ボートの浮かぶセーヌ川》もまた、ヨーによって画商に売却され、今日のゴッホの世界的評価へと繋がる重要な作品の一つとして位置づけられています。

印象派風の筆致を用いながらも、モネの描く穏やかな風景とは一線を画し、ゴッホらしい力強い表現が感じられるこの作品は、彼のパリ時代における重要な試みであり、後の傑作群へと繋がる画業の変遷を示すものとして評価されています。