テオ・ファン・ゴッホ、ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル Theo van Gogh, Jo van Gogh-Bonger
本稿では、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて紹介される作品、『テオ・ファン・ゴッホとヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルの会計簿』(1889-1925年、インク、紙)について解説します。この会計簿は、フィンセント・ファン・ゴッホの芸術活動とその後の名声確立に不可欠であった、彼の家族の献身と深い絆を物語る貴重な資料です。
この会計簿は、元々フィンセント・ファン・ゴッホの弟であるテオ・ファン・ゴッホと、その妻ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルが、パリで暮らしていた頃につけ始めた家庭の「家計簿」でした。テオは画商として成功を収めながらも、画家を目指した兄フィンセントに対し、約10年間にわたり経済的・精神的な支援を惜しみませんでした。会計簿には、テオがフィンセントに送った画材の購入費用や、毎月の送金額といった、フィンセントの創作活動を支えるための詳細な記録が残されています。
フィンセントが1890年に亡くなった半年後、彼を物心両面で支えたテオもまた、その短い生涯を閉じます。その後、テオのもとにあったフィンセントの膨大な作品と手紙を受け継いだのが、妻であるヨーでした。ヨーは義兄の作品を世に広めることに人生を捧げ、生計を立てるためだけでなく、フィンセント・ファン・ゴッホの評価を確立するという大きな目的のために、作品の売却を始めます。この会計簿は、テオの死後、どの作品がいつ、誰に、いくらで売却されたかという、フィンセント作品の流通に関する具体的な記録を記す帳簿へと変化していきました。これは、ヨーがいかに几帳面であり、フィンセントの作品を世に広めるという強い意志を持っていたかを示すものと言えるでしょう。
この会計簿は、1889年から1925年という長期間にわたり、インクと紙を用いて作成されました。当時の一般的な帳簿と同様に、手書きの記録が緻密に残されており、その用紙とインクは時を超えて、ファン・ゴッホ家の歴史を今日に伝えています。
この会計簿は、単なる家計の記録に留まらない、多岐にわたる重要な意味を持っています。第一に、フィンセント・ファン・ゴッホが画家として活動を続けられた、弟テオからの経済的支援の具体的な証拠です。第二に、フィンセントの死後、彼の作品が散逸することなく、広く世に知られるようになった過程を記録した、義妹ヨーの献身的な尽力の記録でもあります。
さらに、この会計簿はファン・ゴッホ研究において極めて貴重な一次資料です。詳細な調査・研究により、記載された作品のうち170点以上の絵画と44点の紙作品が特定されており、作品の来歴や初期の評価を解明する上で不可欠な情報源となっています。また、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」という展示会タイトルが示す通り、この会計簿は、フィンセントを支え、彼の芸術的な「夢」を未来へとつないだファン・ゴッホ家の深い家族の絆と、後世への影響力を象徴する存在であると言えるでしょう。
『テオ・ファン・ゴッホとヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルの会計簿』に記されたヨーの活動は、フィンセント・ファン・ゴッホの芸術が今日のような国際的な評価を確立する上で決定的な影響を与えました。彼女がいなければ、フィンセントの作品が世界的に知られることはなかったであろう、とされています。ヨーは、会計簿の記録を基に作品の売却や展覧会の開催、そしてフィンセントとテオの間で交わされた膨大な手紙の整理と出版を行い、彼の名声を確固たるものにしました。
また、ヨーとその息子であるフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホが、このコレクションを大切に管理し、財団を設立したことが、現在のファン・ゴッホ美術館の設立へとつながりました。これにより、フィンセントの作品群は体系的に保存、研究、展示され、世界中の人々に彼の芸術が届けられることになったのです。このように、この会計簿は単なる個人の記録ではなく、フィンセント・ファン・ゴッホの芸術が後世に伝えられ、その真価が評価されるに至るまでの、壮大な物語の礎となった歴史的資料として、高い評価と大きな影響を与え続けています。