フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
フィンセント・ファン・ゴッホが1890年2月にサン=レミ=ド=プロヴァンスで制作した素描《塀で囲まれた麦畑の向こうの山並み》は、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」において紹介される重要な一点です。この作品は、画家が生涯の終わりに差し掛かる時期、精神病院での療養中に描かれたものであり、彼の内面と外界への眼差しが凝縮されています。
制作の背景・経緯・意図 1889年5月、ゴッホはアルルでの精神的な危機を経て、サン=レミにあるサン=ポール・ド・モーゾール修道院付属の精神病院に自ら入院しました。彼は入院中も制作活動を続け、隣接する独房をアトリエとして使用する許可を得ています。当初は病院の敷地内に留まることが多く、自身の部屋から見える風景を描き続けました。本作品が制作された1890年2月は、弟テオとその妻ヨハンナの間に長男フィンセントが生まれた時期にあたりますが、同時期にゴッホは再び発作を経験するなど、精神的な不安定さが続いていました。しかし、この困難な状況下でも彼は創作意欲を失わず、《アーモンドの花》を新生児への贈り物として描くなど、精力的に筆を執っていました。 この《塀で囲まれた麦畑の向こうの山並み》は、ゴッホがアトリエの窓から見えた景色、すなわち塀で囲まれた麦畑と、その向こうに広がるアルル方面の山々を描いたものです。石壁は、あたかも窓枠のように外界の風景を切り取る役割を果たしていました。彼の意図は、この限られた視界の中にも、自然の生命力と、それを見つめる自身の感情を表現することにあったと考えられます。
技法と素材 本作は「黒チョーク、紙」という素描技法で制作されています。ゴッホは画家を志した初期から素描を熱心に練習しており、その画業全体においてデッサンは不可欠な要素でした。サン=レミ時代にも、油彩画と並行して多くの素描を手がけており、それらは彼の創作の基礎をなすとともに、独立した表現としても重要な意味を持っています。黒チョークの線は、油彩の激しい筆致とは異なるものの、対象の形態や動き、そして光のニュアンスを力強く捉えるゴッホ特有の表現力を示しています。画面には、麦畑の畝りや山並みの起伏が、勢いのある線で描かれていると推測されます。
作品が持つ意味 麦畑は、ゴッホにとって特に重要な主題の一つであり、しばしば生命の営み、実り、そして死と再生の象徴として描かれました。サン=レミの精神病院という閉ざされた環境から見た塀で囲まれた麦畑は、彼自身の置かれた状況、すなわち病と向き合いながらも創作を続ける内面の葛藤と、それでもなお外の世界と繋がろうとする彼の精神性を象徴しているとも解釈できます。遠くの山並みは、希望や、手の届かない場所への憧れを示唆している可能性もあります。彼は、収穫される麦の中に、聖書における「最後の収穫」という死のイメージを見出しつつも、「この死について悲しむことは何もない」と記しており、自然の摂理の一部としての死を受け入れる姿勢を示していました。
評価や影響 生前のゴッホは、わずか数点の作品しか売れず、その芸術性が正当に評価されることはありませんでした。しかし、彼が亡くなった後、弟テオ、そしてテオの妻ヨハンナ、さらに彼らの息子フィンセント・ウィレムが、ゴッホの作品と手紙を大切に保管し、世に広めることに尽力しました。その家族の献身的な努力によって、ゴッホの作品は20世紀に入ってから急速に評価を高め、フォーヴィスムやドイツ表現主義など、その後の美術運動に大きな影響を与えることになります。サン=レミ時代に描かれた作品群は、彼の内面の激しさと南仏の自然の輝きが融合したものであり、この時期の素描もまた、彼の画業の深さと多様性を示す貴重な資料として、今日では世界中で高く評価されています。