フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
本展「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて紹介するフィンセント・ファン・ゴッホの《オリーブ園》は、1889年9月にサン=レミ=ド=プロヴァンスで油彩によって制作された作品です。この絵画は、ゴッホが自身の精神疾患のため、サン=ポール=ド=モーゾール修道院の療養所に入院していた時期に描かれた一連の「オリーブ園」シリーズの一つです。
ゴッホは1889年5月から1890年5月までサン=レミの療養所で過ごし、体調が良い日には医師の許可を得て戸外で絵を描くことを許されていました。療養所の周囲に広がるオリーブ林は、彼にとって主要なモチーフの一つとなりました。ゴッホは、オリーブの木々を単なる風景としてではなく、生命、神性、そして生命の循環を表す特別な意味を持つ主題として捉えていました。彼は、自然の中に安らぎと救いを見出し、オリーブ園のシリーズを「自然の宗教画」と表現するほど、自然との精神的な繋がりを重視していました。
特にこのシリーズは、友人であるポール・ゴーギャンやエミール・ベルナールが描いた「オリーブの園のキリスト」といった宗教画に対し、ゴッホ自身の芸術的な応答として制作されました。彼は、空想ではなく、自ら観察し、感じた現実の風景を通して、苦悩や穏やかな感情を表現しようと試みました。また、このシリーズはゴッホの代表作である《星月夜》を補完する作品であるとも述べています。
《オリーブ園》は油彩でカンヴァスに描かれています。ゴッホはこの作品群で、感情を率直に表現するための大胆な色彩と、絵具の質感を感じさせる厚塗りの筆致を特徴としています。彼は、オリーブの葉や地面に短い、うねるような筆致を、そして幹や枝には力強い輪郭線を用いることで、風や光、空気の動きをキャンヴァス上に表現しました。影を黒で表現するのではなく、緑、青、黄、紫といった対照的な色彩をぶつけ合うことで、奥行きと温かみを生み出しています。この時期の作品からは、厚塗りの絵具を使いながらも、以前よりも洗練されたアプローチが見て取れます。戸外での制作を示すものとして、シリーズ中の一部の作品には、絵具にバッタが埋め込まれていることが発見されています。
オリーブの木は、地中海地域において古くから平和と知恵の象徴であり、キリスト教においては聖なるモチーフとされてきました。ゴッホは、宗教的な題材に直接的に依拠することは稀でしたが、自然そのものの中に神聖さを見出していました。ねじれ、枝分かれしたオリーブの木の形には、自然界に存在する霊的な力が表出していると信じ、まるで人間の魂のように有機的な生命力と痛々しさを込めて描きました。この作品において、ねじれる幹や揺れる草、渦巻く空の表現は、風景の描写であると同時に、ゴッホ自身の心の波形をも示しており、色彩を通して「救いの温度」を表現しようとしたゴッホの祈りであったのかもしれません。
ゴッホがこの「オリーブ園」シリーズを描いた1889年は、病と激しい感情の起伏に苦しんだ時期でしたが、このシリーズは彼の最高傑作の一つと見なされています。彼の作品は、その感情の率直な表現と大胆な色使いにより、ポスト印象派を代表する画家として高く評価されており、後世の画家たちにも大きな影響を与えました。
フィンセント・ファン・ゴッホの死後、その作品の評価確立には、弟テオの妻であるヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルが大きく貢献しました。彼女はゴッホの膨大な作品群を管理し、売却や展覧会への貸し出しを通じて、フィンセントの国際的な評価を築き上げるために尽力しました。本展覧会では、そうした家族の情熱と行動が、いかにゴッホの作品が世界的な名声を得る上で重要であったかにも光を当てています。