フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
本日は「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に出展されているフィンセント・ファン・ゴッホの作品、《クリシー大通り》をご紹介します。この作品は、ゴッホが画風を大きく変貌させたパリ時代に制作された、貴重な一枚です。
《クリシー大通り》は、フィンセント・ファン・ゴッホがパリに滞在していた1887年2月に制作されました。ゴッホは1886年2月に弟テオを頼ってパリに移り住み、1888年初頭までのおよそ2年間をこの地で過ごしました。このパリ時代は、ゴッホの芸術にとって大きな転換点となります。オランダ時代の重く暗い色彩から、当時パリ画壇を席巻していた印象派や新印象派(点描主義)の影響を直接受け、明るく鮮やかな色彩へと変化していったのです。
ゴッホはパリ滞在中、弟テオのアパートがあったモンマルトル界隈に住んでいました。クリシー大通りは、モンマルトルにある活気ある通りで、後に有名なキャバレー「ムーラン・ルージュ」が立つことでも知られる場所です。ゴッホは、この時期にモンマルトルの丘や大通り、カフェ、家々といったパリの都市風景を盛んに描きました。彼は身近な街の日常の光景を捉えることに意欲を燃やし、その変化する光と色彩の表現を試みたのです。1887年11月には、クリシー大通りのレストランで、ベルナールやトゥールーズ=ロートレックといった仲間たちと共に展覧会を開催し、自らを「小並木通りの画家」と称したことも知られています。
この《クリシー大通り》は、油彩画ではなく、紙に鉛筆、ペン、インク、チョーク、水彩を用いて描かれた作品です。複数の画材を組み合わせることで、豊かな表現を追求しています。鉛筆やペン、インクで素早くスケッチするように線の描写を行い、そこにチョークで柔らかな色合いや陰影を加え、さらに水彩で色彩のニュアンスと透明感を表現しています。これは、ゴッホがパリで出会った新しい芸術の潮流、特に印象派の画家たちが探求した光の表現や、日本の浮世絵から影響を受けた大胆な構図や鮮やかな色面 を、自身のドローイングに取り入れようとした試みの一端を示すものと言えるでしょう。高い視点から大通りを見下ろすような構図は、遠近感を強調し、パリの広々とした雰囲気を効果的に伝えています。
《クリシー大通り》に特定の寓意的な意味が込められているというよりは、パリという都市の日常、その活気と光の表情を捉えることに重点が置かれています。この作品は、ゴッホがオランダ時代から持っていた写実的な観察眼と、パリで吸収した明るい色彩表現とを融合させようとした過渡期の作品として位置づけられます。彼のパレットは劇的に変化し、色彩の喜びを追求する姿勢が顕著に見られます。
この時期の作品は、生前のゴッホがほとんど評価されず、わずか数枚しか絵を売ることができなかったという事実の中で生まれました。しかし、弟テオ、そしてテオの妻であるヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルの献身的な努力により、ゴッホの作品は後世に伝えられ、その真価が認められることになります。《クリシー大通り》のようなパリ時代の作品は、後のアルルやサン=レミ時代に展開されるゴッホ独自の表現様式へと繋がる、重要な実験の証として、現在高く評価されています。ゴッホが印象派や新印象派から学んだ色彩や筆致の新しい可能性を、自身の表現へと昇華させていく過程を示す貴重な作品群の一部と言えるでしょう。