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アブサンが置かれたカフェテーブル Café Table with Absinthe

フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」へようこそ。本日は、フィンセント・ファン・ゴッホがパリ滞在中に制作した油彩画「アブサンが置かれたカフェテーブル」をご紹介します。

この作品は、1887年2月から3月にかけて、ゴッホがパリで描いたものです。1886年にパリへ移り住んだゴッホは、弟テオと同居しながら印象派の新しい芸術表現を探求しました。この時期は、彼が自身の芸術様式を確立していく上で極めて重要な転換点となりました。彼はアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、エミール・ベルナール、カミーユ・ピサロ、ジョルジュ・スーラ、ポール・ゴーギャンといった当時の主要な芸術家たちと交流し、印象派、象徴主義、点描主義、そして日本の浮世絵といった様々な影響を吸収しました。このパリ時代において、彼の作品のパレットは以前のオランダ時代の陰鬱な色調から一転して明るくなり、筆致もより断続的で躍動感に満ちたものへと変化していきました。

本作は油彩、カンヴァスに描かれていますが、その技法には「peinture à l'essence(パンテュール・ア・レサンス)」と呼ばれる、油絵具を薄めて使用する独特の手法が用いられています。これにより、絵画は水彩画のような透明感のある仕上がりを見せています。ゴッホは大胆で彩度の高い色彩と、力強く目に見える筆致を用いることで、作品にエネルギーとダイナミズムを与え、光と影の効果に焦点を当てています。

描かれているのは、パリのカフェの一角です。テーブルには、当時人気のあった食前酒であるアブサンが置かれたグラスと、水差しが見えます。アブサンはアルコール度数が高く(60~70%)、ゴッホも頻繁に飲んでいたとされています。この飲み物の存在は、当時の社会背景やゴッホ自身のアブサンへの関心を反映していると考えられます。グラスの透明感やアブサンの色合い、そして窓の外にぼやけて見える人々の姿は、光と色彩が織りなす繊細な物語を紡ぎ、静謐でありながらもどこか物悲しい雰囲気を醸し出しています。アブサンの緑色は、カフェの壁の暗い木材を背景に強調され、飲み物が持つミステリアスな側面をも示唆しています。この作品は、鑑賞者がまるで画家と同じようにカフェのテーブルに座り、通りの人々を眺めているかのような感覚を抱かせます。

「アブサンが置かれたカフェテーブル」そのものの具体的な当時の評価や影響については詳細な記録が少ないものの、ゴッホのパリ時代は、彼が印象派や点描主義の技法を取り入れ、独自の色彩感覚と筆致を確立していく上で極めて重要な期間でした。彼の作品は、後にポスト印象派の画家として高く評価され、西洋美術史に多大な影響を与えることになります。この絵は、ゴッホがパリで新たな表現を模索し、内面的な葛藤を抱えながらも、都市の生活や流行の文化を捉えようとした、その発展途上の姿を示す貴重な一例と言えるでしょう。