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鳥の巣 Birds' Nests

フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh

フィンセント・ファン・ゴッホの作品「鳥の巣」は、画家が自身の画業の基礎を築き上げたオランダ、ニューネン時代に制作された静物画です。本作品は「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」という展示会のタイトルが示すように、ゴッホの人間性や画家の夢に家族がどのように関わったかという文脈の中で紹介されます。

制作背景・経緯・意図

フィンセント・ファン・ゴッホは、1883年12月から1885年11月までの約2年間を、両親が住むオランダのニューネンで過ごしました。この時期はゴッホにとって非常に多作な期間であり、現存する作品の約4分の1にあたる約200点の油彩画と、多数の素描がこの地で生み出されています。彼はこの地で、地元の風景や労働者、特に農民の生活を描くことに没頭し、農民の労働が持つ尊厳や貴さを表現しようとしました。

作品「鳥の巣」は、1885年9月から10月にかけて制作された、ゴッホによる一連の「鳥の巣」を題材とした5点の作品群の一つです。ゴッホは散歩中に自ら集めたり、近所の子供たちにお駄賃を払って集めさせたりして、少なくとも30種類の鳥の巣をコレクションしていました。これらの鳥の巣を描いた作品は、単なる静物画としてだけでなく、色彩の対比を研究し、自然を深く観察するための習作という意図がありました。1885年10月4日付の弟テオ宛の手紙の中で、ゴッホは鳥の巣の静物画を盛んに描いていることに触れ、「自然をよく観察している人なら、この苔や枯葉や草や粘土などの色合いからこれらの絵を好きになってくれるかもしれない」と記しています。

鳥の巣というモチーフは、一般的には未来への希望を象徴することもありますが、ゴッホにとっては「自然をよく観察する」こと、そして色彩の探求という、より実践的な制作意図が込められていました。また、鳥や鳥の巣は、後の作品「カラスのいる麦畑」に見られるように、「死と再生」や「蘇生」、あるいはゴッホ自身を象徴するモチーフとして用いられることもありました。ニューネン時代の作品の多くが、農村の素朴な暮らしを描いていることから、鳥の巣は生命の循環やつつましい生活の一側面を表現しているとも解釈できます。

技法や素材

本作品は「油彩、カンヴァス (Oil on canvas)」で描かれています。ニューネン時代において、ゴッホは「粗野な技法」を追求し、近代の農村芸術を創造するという目標を持っていました。この時期の作品は、人物の形態、特に農民の手や顔を彫刻的に捉えることに重点が置かれ、全体的に暗い色調が特徴です。ゴッホは、闇の中に存在する光に美を見出し、明暗のコントラストを研究していました。モデルの顔や衣服の色調を決め、そこから背景の明暗を調整するといった手法を試みています。この「鳥の巣」も、その静物画の探求の一環として、限られた色彩の中で質感や奥行きを表現するゴッホの初期の技法が見て取れます。

意味

「鳥の巣」は、ゴッホがニューネン時代に力を入れた「自然の観察」と「色彩研究」の象徴的な作品です。手紙で言及されているように、苔、枯葉、草、粘土といった素材の微細な色の違いを描き分けることで、彼は自然界の複雑な美しさを捉えようとしました。この作品は、華やかな色彩が特徴となる彼の後期の作品とは異なる、初期のゴッホの地道な探求を示すものであり、身近な静物を深く見つめることで、画力向上を図る真摯な姿勢がうかがえます。

評価や影響

ニューネン時代は、ゴッホが画家としての表現方法を確立するための重要な「集大成の地」と位置付けられています。この時期に描かれた「鳥の巣」を含む数々の静物画は、彼が後のパリ時代で印象派や浮世絵から影響を受ける以前に、自己の様式を模索し、基礎的な画力を養う上で不可欠な役割を果たしました。

「鳥の巣」単体が特定の美術史的評価や後世への影響について直接的に言及されることは少ないものの、ゴッホがこの時期に制作した膨大な作品群の一部として、彼の芸術的な成長において重要な位置を占めています。これらの静物画を通じて、彼は様々なモチーフを描くことで自身の画力を高めようとする貪欲な姿勢を見せました。また、本作品は「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」というテーマの展示会において、ゴッホの初期の探求心と、彼の画業を支えた内省的な側面に光を当てるものとして紹介されています。