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花源氏夜の俤 Genji Reflecting on the Flowers at Night

三代歌川豊国(歌川国貞) Utagawa Kunisada

三代歌川豊国(歌川国貞)作 《花源氏夜の俤》

三代歌川豊国、通称歌川国貞(1786-1865)による大判錦絵《花源氏夜の俤(はなげんじよるのおもかげ)》は、文久元年(1861年)に制作された作品です。この作品は、江戸時代後期から幕末にかけて絶大な人気を誇った浮世絵師である国貞の、晩年期の「源氏絵」に分類されます。

制作の背景と意図

本作品が制作された1861年(文久元年)は、国貞が「源氏後集余情」という二枚続大判錦絵の揃物を完成させた時期にあたります。この「源氏絵」ブームの火付け役となったのは、柳亭種彦による通俗小説『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』(1829-1842年刊行)の大ヒットでした。『偐紫田舎源氏』は、室町時代のお家騒動に主人公・足利光氏の女性遍歴を絡めた『源氏物語』の翻案小説であり、国貞が挿絵を手がけたことで爆発的な人気を博しました。従来の「源氏絵」が『源氏物語』の情景を直接描いたものであったのに対し、幕末に流行した源氏絵は、『偐紫田舎源氏』の主人公である足利光氏や、その世界観を江戸の風俗に置き換えて表現する「見立て」や「やつし」といったパロディー的な手法が多用されました。

《花源氏夜の俤》もまた、原典『源氏物語』の高貴な情趣を、江戸の遊興や四季の行楽に映し替える典型的な「源氏絵」の一つです。龍文の羽織をまとった「花源氏」と称される人物を中心に、夜桜の下での華やかな情景が描かれており、当時の人々の『源氏物語』への憧れや、同時代の流行を享受したいという欲望に応える意図があったと考えられます。

技法と素材

本作品は、1861年(文久元年)に制作された大判錦絵であり、木版・紙を素材としています。錦絵とは多色刷りの浮世絵版画のことで、複数の版木を重ねて刷ることで鮮やかな色彩を表現しています。特に、三枚続の大判錦絵は横長のパノラマ効果を生み出し、鑑賞者に没入感を与えます。

《花源氏夜の俤》では、夜桜や提灯、豪奢な衣装が描かれ、光の設計が特徴的であるとされています。色彩と版の技法を駆使して、灯りの「にじみ」が演出されており、夜の情景が巧みに表現されています。保存状態が良い作品では、退色しやすい紫色も当初の状態のまま残っていることがあります。

作品の意味

「花源氏夜の俤」という作品名は、「夜の俤」という言葉が余情を呼び覚ますと解釈されています。画面中央には、龍文の羽織をまとった色好みの「花源氏」が夜空を見上げ、その左右には華やかな女性や小姓が控えています。手前の敷物と欄干が舞台のように画面奥へと鑑賞者の視線を誘い、桜と池の庭園、吊り灯籠が遠近感をつないでいます。鑑賞者は、まるで縁側に座って上演中の一幕に立ち会うかのような感覚を覚える構図となっています。この作品は、当時の富裕な町人や下級武士の子女、あるいは大名夫人に仕える御殿女中といった、華やかな生活への憧れを持つ人々に向けて、理想的な人生設計を視覚化したものであったと考えられています。

評価と影響

歌川国貞は、江戸時代後期から幕末にかけて最も人気を得た浮世絵師の一人であり、その生涯に制作した作品数は20,000点以上にも及ぶと言われています。これは数ある有名浮世絵師の中でも群を抜いて最多級の記録であり、当時の浮世絵が単なる芸術品に留まらず、大衆文化を牽引する「メディア」として機能していたことを示唆しています。国貞は役者絵や美人画において特に優れた才能を発揮し、その人気は師匠である初代歌川豊国にも匹敵するほどでした。

《花源氏夜の俤》を含む国貞の作品は、その構図や色彩、線描において、後に西洋の画家たち、特にフィンセント・ファン・ゴッホに影響を与えたことで知られています。ゴッホはパリで日本の浮世絵に夢中になり、浮世絵の線、色面、大胆な構図を自身の作品に吸収しました。《花源氏夜の俤》の輪郭線と色面の使い方は、ゴッホの《タンギー爺さん》や《おいらん》、《夜のカフェテラス》といった作品の画面設計に影響を与えたと具体的に指摘されています。

この作品は、北海道立美術館ポータルサイトやファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)など、複数の機関に所蔵されています。