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セント・ジャイルズの安宿、『グラフィック・ポートフォリオ』より Low Lodging House, St. Giles's from The Graphic Portfolio

フーベルト・フォン・ヘルコマー Hubert von Herkomer

フーベルト・フォン・ヘルコマー作「セント・ジャイルズの安宿、『グラフィック・ポートフォリオ』より」は、1877年に木口木版と活版印刷で制作された紙の作品です。この作品は、ロンドンの貧困層の厳しい現実を描写した社会派リアリズムの重要な一例として、現在開催中の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にて展示されています。

制作の背景・経緯・意図

フーベルト・フォン・ヘルコマー(1849-1914)は、ドイツのバイエルンで生まれ、幼少期に家族と共にアメリカ、その後イギリスに移住しました。木彫家であった父の影響を受け、絵画、劇作、演技、作曲、映画監督など多岐にわたる才能を発揮し、社会派リアリズム運動の先駆者として知られています。彼自身の質素な生い立ちが、貧しい人々への共感を育む土台となったと考えられています。

本作が掲載された『グラフィック』誌は、1869年に木口木版画家で社会改革者でもあったウィリアム・ルーソン・トーマスによって創刊されたイギリスの週刊挿絵新聞です。トーマスは、あらゆる芸術家に開かれた媒体として、『グラフィック』誌を通じて、イギリスの最も貧しい人々の日常生活を捉え、社会的不正義への意識を高めることを目指しました。ヘルコマーは初期からの寄稿者の一人であり、トーマスによってロンドンの現実の情景を描くよう奨励されました。彼の社会派リアリズム芸術家としてのキャリアはここから本格的に始まったと言えます。

作品の舞台であるセント・ジャイルズは、18世紀から19世紀にかけて、ロンドンでも特に悪名高い貧民街(ルッカリー)として知られていました。過密、不衛生、犯罪が横行し、「聖なる地」や「小さなアイルランド」といった異名を持つ地域でした。そこには、浮浪者、労働者、アイルランド移民など、さまざまな階層の貧しい人々が暮らす安宿が多く存在しました。ヘルコマーは、『グラフィック』誌の使命に沿い、社会の周縁に追いやられた人々、特にセント・ジャイルズの安宿に暮らす貧しい女性たちをありのままに描写することで、都市の貧困と社会的不公正という厳しい現実を伝えることを意図していました。当時の挿絵入りジャーナリズムにおいて、このような場面は珍しいものでした。

技法と素材

この作品は、木口木版と活版印刷という技法を用いて紙に制作されています。木口木版は、木材の木口面(断面)に彫刻を施すことで、細密な描写を可能にする技法です。これにより、大量生産される挿絵入り雑誌である『グラフィック』誌にふさわしい、精緻で写実的な表現が実現されました。

ヘルコマー自身は、エッチングやエングレービング(版画技法)において卓越した技術を持ち、新しい版画技法を広範に試みました。彼は版画技法の指導も行い、オックスフォード大学での講義をまとめた著書『エッチングとメゾティント・エングレービング』を1892年に出版するなど、版画技術への深い知識を示しています。

作品が持つ意味

「セント・ジャイルズの安宿」は、ロンドンのセント・ジャイルズ地区にある粗末な宿泊施設で暮らす貧しい女性たちを描写しています。描かれた女性たちの多くは高齢者であり、おそらく一時的な住まいとして意図された場所で生活を余儀なくされている寡婦たちです。彼女たちのうなだれた姿勢や握りしめられた手は、深い苦痛を伝えています。

この作品は、ヴィクトリア朝時代のイギリスにおける都市の貧困と社会的不正義に対する力強い批評であり、社会の周縁に追いやられた人々の窮状に光を当てるものとなっています。ヘルコマーは、こうした場面を克明に描写することで、社会の底辺で生きる人々の現実を視覚的に提示し、観る者にその存在を認識させることを目指しました。

評価と影響

ヘルコマーは社会派リアリズム運動の先駆者として高く評価されており、彼の社会派リアリズムの作品群は後世に多大な影響を与えました。

特に重要なのは、フィンセント・ファン・ゴッホへの影響です。ファン・ゴッホは、ヘルコマーの社会派リアリズムの作品、特に『グラフィック』誌に掲載されたものを深く賞賛していました。ファン・ゴッホはヘルコマーの版画を収集し、1881年から1885年にかけて弟テオへの手紙の中で繰り返しヘルコマーに言及しています。彼は『グラフィック』誌の社会意識の高い芸術に影響を受け、ヘルコマーの作品が伝える苦痛から着想を得て、関連する人物習作を制作したこともあります。ファン・ゴッホはヘルコマーの芸術を「最高にして最も高貴な芸術表現」の一つと見なし、そのキャリアはファン・ゴッホ自身の芸術的志向にとって具体的な目標となり、彼がヘルコマーが得た社会的評価を羨んだことも知られています。

『グラフィック』誌そのものも、貧しい人々の生活を描写した画期的な内容が、イギリスの画家たちの主題選択に目に見える変化をもたらすほどの影響力を持っていました。この雑誌は、イギリス芸術における社会派リアリズムの発展の触媒としての役割を果たしました。ヘルコマー自身は、肖像画の制作を通じて多大な富を築き、チャールズ・ディケンズやヴィクトリア女王といった著名人にも影響を与えましたが、社会派リアリズムへの情熱を失うことはありませんでした。

本作品が「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で展示されるのは、フーベルト・フォン・ヘルコマーの芸術がフィンセント・ファン・ゴッホに与えた深い影響を示すためであり、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館がこの版画を所蔵していることからも、その歴史的な重要性がうかがえます。