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坑夫、「民衆の顔 VI」 「グラフィック』紙より The Miner, from the series Heads of the People, VI, from The Graphic

マシュー・ホワイト・リドリー Matthew White Ridley

マシュー・ホワイト・リドリー作「坑夫、「民衆の顔 VI」 『グラフィック』紙より」は、1876年4月に制作された木口木版・活版印刷による作品で、当時のイギリス社会における労働者階級の姿を伝える貴重な一点です。この作品は、週刊の絵入り新聞『グラフィック』紙に掲載された「民衆の顔」シリーズの一環として発表されました。

背景・経緯・意図

本作が発表された『グラフィック』紙は、アーティストであり社会改革者でもあったウィリアム・ルーソン・トーマスによって1869年12月4日に創刊されました。当時人気を博していた『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』紙に対抗する形で設立され、より鮮明で印象的なイメージを重視した報道を目指しました。『グラフィック』紙は、貧困、ホームレス、公衆衛生といった当時の大英帝国が抱える社会問題への意識を高めることを目的とし、トーマスは挿絵画家たちにロンドンを歩き回り、真の情景や題材を探すよう奨励しました。

マシュー・ホワイト・リドリー(1837-1888)は、王立美術院で学び、パリでも研鑽を積んだ画家、エッチング作家、挿絵画家、版画家でした。彼は1862年から亡くなる1888年まで、王立美術院に定期的に作品を出品していました。リドリーの「坑夫」が属する「民衆の顔」シリーズは、『グラフィック』紙の社会派リアリズムの精神に合致し、様々な階層の人々の日常や職業に焦点を当てることで、当時の社会構造や労働者の実情を視覚的に提示しようとする意図がありました。

技法や素材

本作品は「木口木版・活版印刷、紙」という技法と素材で制作されています。木口木版は18世紀後半にトーマス・ベウィックによって発展した版画技術で、木材の木口面(年輪が見える断面)に彫刻刀(ビューリン)を用いて細密な線を刻むことで画像を形成します。木口面は木目が細かく硬度が高いため、より詳細な表現が可能であり、銅版画に匹敵する描写力を持ちました。

活版印刷は、この木口木版と組み合わせて用いられました。木口木版で制作された版木は、通常の活字と同じ高さに作られるため、活字とともに印刷機にセットして一度に印刷することができました。これにより、文字と絵を同時に大量に印刷することが可能となり、19世紀における挿絵の普及を飛躍的に促進しました。また、版木の摩耗を防ぐために、電気メッキによって版木を金属で複製する電胎術も発達し、さらなる大量生産に貢献しました。

意味

「坑夫」という題材は、当時のイギリスを支えた重要な労働者階級の一つである鉱山労働者に光を当てています。彼らの過酷な労働環境や生活は、19世紀の産業社会における重要な社会問題でした。『グラフィック』紙が社会的不公正に対する意識を高めることを目指していたことを踏まえると、この作品は単なる肖像画ではなく、一人の労働者の尊厳と、その背後にある社会的な現実を描き出すことを意図していたと考えられます。シリーズ名「民衆の顔」が示すように、社会を構成する様々な人々の姿を具体的に提示することで、読者に共感を促し、当時の社会状況への理解を深めることを目的としていました。

評価や影響

『グラフィック』紙は、その革新的な図版と社会意識の高い芸術性によって、当時の美術界に大きな影響を与えました。特にフィンセント・ファン・ゴッホは、『グラフィック』紙が貧しい人々の生活を写実的に描いた社会派の芸術に強く影響を受け、その熱心な愛読者でした。リドリーの「坑夫」のような作品は、こうした『グラフィック』紙の全体的な傾向の一部をなし、ゴッホをはじめとする後の芸術家たちに、労働者階級の描写や社会の現実に向き合う姿勢において間接的な影響を与えたと考えられます。