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剣を持つ少年、左向き The Boy with a Sword, Turned to the Left

エドゥアール・マネ Edouard Manet

エドゥアール・マネ作「剣を持つ少年、左向き」に関する記事

エドゥアール・マネによる1862年のエッチング作品「剣を持つ少年、左向き」は、近代絵画の先駆者として知られるマネの初期の版画作品であり、彼の芸術的探求と革新性を示す重要な一点です。この作品は、後に「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」といった展覧会で紹介されるなど、その歴史的・芸術的価値が広く認められています。

制作の背景と意図 このエッチングは、マネが1861年に制作した油彩画「剣を持つ少年」を原画としており、その翌年の1862年に版画として制作されました。モデルとなっているのは、マネの義理の息子である(そして一説には実子ともされる)レオン・レーンホフです。マネは、ディエゴ・ベラスケスやフランシスコ・ハルスといった17世紀のスペイン絵画の巨匠たちから強い影響を受けており、本作もまた、17世紀のスペイン宮廷の小姓の衣装をまとった少年を描くことで、彼らが確立した肖像画の様式にオマージュを捧げています。特に、ベラスケスの描く人物像の堂々とした立ち姿や、カラヴァッジョの作品に見られるポーズから着想を得た可能性も指摘されています。作品名の「左向き」は、油彩画が右向きであったのに対し、版画化の際に左右反転して表現されたことに由来します。

本作における剣は、単なる武器としてではなく、象徴的な意味を帯びています。一説には、画家自身の「絵画への誓い」や、絵筆そのものを表しているとも解釈されます。少年の幼い年齢と、力と権威の象徴である剣との対比は、見る者に思索を促す緊張感を生み出しています。また、少年が鑑賞者と向き合う真剣な表情からは、その年齢を超えた責任感や思慮深さが感じられます。

マネは1862年に「版画家協会(Société des Aquafortistes)」の創設メンバーとなりました。このエッチングは、同年に画商兼版画出版者であるアルフレッド・カダールが企画した版画集に収録される予定でしたが、マネが最終的な変更に満足しなかったためか、最終的には収録されませんでした。

技法と素材 この作品は、エッチングとアクアティントの技法を用いて紙に制作されています。 マネは、銅版画の制作において、アクアティントやその他の版画調子、ドライポイントを巧みに取り入れました。特にゴヤの版画から、アクアティントで版画に陰影をつけたり、線の密度を高めたりする技術を学びました。彼の版画技法は革新的であり、線による表現とアクアティントによる調子効果を組み合わせることで、共同創設した版画家協会の「純粋エッチング」の理想とは異なる独自の表現を確立しました。作品に見られる表現豊かな線は、繊細なものから力強いものまで様々に変化し、少年の衣服のひだや顔の柔らかな陰影に質感と奥行きを与えています。

作品の意味 本作は、17世紀のスペイン宮廷の衣装を身につけ、実物大の剣を携えた少年を描いています。 少年の物憂げな表情と簡素な背景は、鑑賞者の注意を少年の姿と、その手にする剣の象徴的な意味に集中させます。 剣は、芸術に対するマネ自身の献身を表す「絵筆」を象徴しているという解釈も存在します。

評価と影響 エドゥアール・マネの作品、特に「剣を持つ少年」の油彩画は、写実主義と印象派の橋渡しとなり、近代美術の発展に決定的な影響を与えました。 彼の革新的な技法は、多くの後続の芸術家に影響を与え、その価値は美術史において高く評価されています。特に油彩画の「剣を持つ少年」は、アメリカの美術館コレクションに収蔵された最初のマネ作品となりました。 マネの版画技法は、彼の絵画を再現するものが主でしたが、その制作方法は当時としては革新的であり、後の版画芸術にも影響を与えました。