ポール・ゴーガン Paul Gauguin
ポール・ゴーガン作 《クレオパトラの壺》
本作品は、現在開催中の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」において展示されている、ポール・ゴーガンが1887年から1888年にかけて制作した炻器の作品、《クレオパトラの壺》です。 この作品は、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵しています。
制作背景と意図 ポール・ゴーガンは、画家としてだけでなく、彫刻家、版画家、そして陶芸家としても活動したポスト印象派の芸術家です。 彼は、印象派の自然主義的な描写に対し、目に見える外界ではなく、内面や神秘の世界、思想といった観念的なものを表現しようと試みました。 ゴーガンは1886年に陶芸家エルネスト・シャプレから手ほどきを受け、同年から本格的に陶芸制作に取り組み始めました。 彼は土という素材に直接触れ、炎によってそれが生まれ変わる過程に原始的な魅力を感じたと言われています。 特に、陶工のろくろを使わず、自身の両手で粘土を彫刻することを好んだため、その作品はより粗く、原始的な造形を特徴としています。 ゴーガンは自身の陶芸作品を、絵画作品と同等に高く評価していました。 《クレオパトラの壺》が制作された1887年から1888年の時期は、ゴーガンがマルティニークでの滞在を終え、フィンセント・ファン・ゴッホとアルルで共同生活を送る直前のパリ滞在期にあたります。 彼の陶芸作品は、しばしばその後の絵画における総合主義的な様式を予見させるものでした。
技法と素材 本作品は「炻器(せっき)」と呼ばれる陶器の一種で、一部に釉薬が施されています。 ゴーガンは、粘土を直接手で成形する独自の技法を用いました。 この手法により、作品には素朴で力強い質感が与えられています。
作品が持つ意味 《クレオパトラの壺》は、そのタイトルが示すように、古代エジプトの女王クレオパトラを想起させますが、美術史においては「野蛮なゴーガンの頭部を漠然と表現したもの」として、画家の原始的で孤独な存在を象徴していると解釈されています。 ゴーガンは陶芸を通じて苦悩や苦悶といった激しい感情を表現することがあり、彼の陶芸作品にはしばしば「地獄を通れば通るほど、重々しく、そして真面目になる」という彼自身の言葉が示すような、根源的な意味合いが込められています。
評価と影響 ゴーガンの陶芸作品は、彼の芸術における重要な一部と認識されており、彼は自らの墓を飾るために彫刻作品《オヴィリ》の複製を望むほどでした。 彼が陶芸に見出した原始的な美意識や、従来の枠にとらわれない造形へのアプローチは、後の20世紀美術、特にピカソやマティスといった前衛芸術家たちにも影響を与えたとされています。 本作品が「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に展示されていることは、ファン・ゴッホ美術館のコレクションにおけるその重要性を示唆しています。この展覧会は、フィンセント・ファン・ゴッホとその弟テオが築き、家族が受け継いできたコレクションに焦点を当てており、その中にはゴーガンをはじめとする他の画家の作品も含まれています。 これは、ゴーガンがゴッホ兄弟、特にフィンセント・ファン・ゴッホとの交流を通じて、彼らの芸術的視野に影響を与えた重要な存在であったことを物語っています。