三井記念美術館開館20周年特別展「円山応挙―革新者から巨匠へ」紹介記事
三井記念美術館が開催する開館20周年特別展「円山応挙―革新者から巨匠へ」は、江戸時代の京都画壇を代表する絵師、円山応挙(まるやま おうきょ)の画業を深く掘り下げ、その「革新者」から「巨匠」へと至る軌跡を辿る貴重な機会を提供します。応挙は、当時の絵画表現において革新的な写生を基盤とした画風を確立し、その絵は「ヴァーチャル・リアリティーのように眼前に迫る」と評され、当時の鑑賞者に未曾有の視覚体験をもたらしました。本展では、この稀代の絵師の魅力を多角的に紹介しています。
本展の最大の見どころは、円山応挙の代表作として名高い国宝《雪松図屏風》と、重要文化財《藤花図屏風》の傑作が堂々たる姿で展示される点にあります。これら二大屏風は会期中に入れ替え展示が行われるため、どちらも鑑賞するには期間を分けて来場する必要があります。また、三井家が支援し香川・金刀比羅宮に奉納された重要文化財《遊虎図襖》や《竹林七賢図襖》といった迫力ある襖絵も特別出品されます。
さらに、近年新たに発見され、東京では初公開となる伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)との合作、《竹鶏図屏風》(若冲筆)と《梅鯉図屏風》(応挙筆)が一堂に会するのも本展の大きな注目点です。これは、同時代に活躍した二人の巨匠がそれぞれの得意分野で技を競い合った稀有な例であり、江戸時代の京都画壇における活発な交流と切磋琢磨の様子を物語る作品群と言えるでしょう。写実に基づく応挙の革新的な表現が、いかにして「普通」の絵画として定着し、そしていかにして「巨匠」としての地位を確立していったのか、その本質に迫る展覧会と言えます。
本展は、円山応挙が「革新者」として登場し、やがて「巨匠」へと昇華していく過程を、彼の画業の初期から晩年までの重要作品を通して時系列的に、かつテーマごとに構成されています。来場者は、応挙の描く「ヴァーチャル・リアリティー」の世界を、その進化の過程とともに体験することができます。
展覧会の冒頭では、円山応挙が従来の理想化された絵画表現とは一線を画し、身近な動植物や風景を徹底的に観察し、写生に基づく新たな画風を確立していった初期の営みに焦点を当てます。応挙の絵が当時の鑑賞者にとって、あたかも目の前にあるかのような現実感を伴って迫る「ヴァーチャル・リアリティー」であったという監修者の言葉は、彼の画風がいかに画期的であったかを物語っています。
この章では、応挙がいかにして写生を絵画表現に取り入れ、その技法を磨いていったかを示す作品が展示されます。例えば、「元旦図」では、初日の出を拝む自身の後ろ姿を描くという、応挙の人間味あふれる一面や、多様な主題への探求心が見て取れます。初期の作品から、応挙がどのようにして対象の質感や奥行きを表現する術を体得していったのか、その基礎が築かれていく様子をたどることができます。彼の探求は、絵画が単なる物語の再現ではなく、視覚そのものを再現するメディアへと進化する可能性を示唆するものでした。
応挙の写生は、単なる精密な描写に留まらず、大画面における装飾性と見事に融合することで、より強い生命感と空間の奥行きを生み出しました。この章では、応挙の表現が初期の探求からさらに発展し、大規模な障壁画などでその真価を発揮していく様子を紹介します。
特に注目されるのが、三井家が援助し香川・金刀比羅宮に奉納された襖絵、重要文化財《遊虎図襖》と《竹林七賢図襖》です。これらは応挙が「こんぴらさん」の障壁画を手がけたことで知られる大作の一部であり、《遊虎図襖》では、虎の毛皮の柔らかさや、その動きに伴う筋肉の躍動感までが、あたかも実物を撫でるかのような写実性をもって描かれています。当時の絵師としては珍しく、実際に虎の毛皮を観察して描いたとされる応挙の徹底した写生精神が、この襖絵から感じ取れるでしょう。また、《竹林七賢図襖》では、墨の濃淡や筆の勢いを巧みに操り、竹林の清々しい空気感や七賢人の悠然とした姿を描き出しています。これらの襖絵は、応挙が写実性を基盤としつつも、空間全体を意識したダイナミックな構図と装飾的な要素を融合させることで、見る者を作品世界へと引き込む巨匠としての片鱗を見せ始めたことを示しています。
この章では、円山応挙がその画業の頂点に達し、多くの傑作を生み出した時期の作品が展示されます。特に、応挙芸術の代名詞とも言える二大屏風、国宝《雪松図屏風》と重要文化財《藤花図屏風》が交互に展示され、その卓越した技術と表現力を堪能することができます。
国宝《雪松図屏風》は、その名の通り雪をまとった松を描いた六曲一双の屏風ですが、特筆すべきは、雪そのものを描かずに、松の枝に積もる雪の重みや、その隙間から覗く松葉、そして陽光にきらめく雪の輝きを見事に表現している点です。金泥と金砂子(きんすなご)を背景に用いることで、新春の清冽な空気とまばゆい光を観る者の眼前に現出させており、まさに「雪を描かずに雪を描いた」と称される応挙の天才的な描写力と構図の妙を実感できるでしょう。
一方、入れ替えで展示される重要文化財《藤花図屏風》は、墨の濃淡で幹や枝を描き出し、白、青、赤紫といった顔料を重ねて豊かに垂れ下がる藤の花房を描いた、色彩豊かな傑作です。特に、幹や蔓の表現には「付立て(つけたて)」と呼ばれる、一筆で対象の立体感を表現する技法が用いられており、そこに生命力と奥行きを感じさせます。また、花房の繊細な描写は、印象派を思わせる顔料の重ね方によって、複雑な色合いとボリューム感を実現しています。この二つの屏風は、それぞれ異なる主題と表現方法でありながら、応挙の写生に裏打ちされた描写力と、空間を支配する構成力が、いかに「巨匠」の域に達していたかを示すものと言えるでしょう。
応挙は、自身の画風を確立するだけでなく、同時代の画家たちとの交流を通じ、また多様な主題に挑戦することで、その表現の幅を広げました。この章では、その多才な側面と、後世への影響力が紹介されます。
本章のハイライトの一つは、伊藤若冲との合作、《竹鶏図屏風》(若冲筆)と《梅鯉図屏風》(応挙筆)の東京初公開です。これは金地の二曲一隻の屏風で、若冲は得意の鶏を、応挙は得意の鯉を描いており、互いの画技を競い合った非常に珍しい作品として近年発見され、大きな話題を呼んでいます。若冲の描く生命力あふれる鶏と、応挙の描く写実的ながらも水中を優雅に泳ぐ鯉は、それぞれの個性が際立ちながらも、見事な調和を見せており、江戸時代の京都画壇における画家たちの活発な芸術的対話を感じさせます。
さらに、応挙が描いた多彩な動物画も展示されます。例えば、《雪柳狗子図》や《木賊兎図》といった作品では、子犬や兎といった身近な動物たちが、その愛らしい仕草や毛並みの質感まで写実的に表現されています。また、忠臣蔵の主人公である大石良雄を描いた《大石良雄図》や、《江口君図》などの人物画からは、応挙が人物の内面までをも描き出す表現力を持っていたことが伺えます。
加えて、この章では、応挙が「足のない幽霊画」を確立し、その後の幽霊画に大きな影響を与えたことにも触れ、応挙、その弟子である長沢芦雪(ながさわ ろせつ)、そして山口素絢(やまぐち そけん)による幽霊図が並んで展示されることで、応挙の影響力の大きさが示されます。応挙は単なる写実画家ではなく、あらゆる主題において革新的な表現を追求し、多くの弟子を育成することで、円山四条派という一大画派を形成した「巨匠」であったことが、この章を通して明らかにされます。
三井記念美術館開館20周年特別展「円山応挙―革新者から巨匠へ」は、江戸時代中期に京都で活躍し、その後の日本画壇に決定的な影響を与えた絵師、円山応挙の全貌に迫る、またとない機会を提供します。応挙は、写生に基づく革新的な画風によって、当時の鑑賞者に「ヴァーチャル・リアリティー」と称されるほどの新しい視覚体験をもたらしました。その画風は瞬く間に京都画壇を席巻し、多くの弟子を惹きつけ、円山四条派という一大流派を形成するに至ります。
本展では、初期の写生探求から、三井家の支援を受けて制作された金刀比羅宮の襖絵に見られるような大規模な装飾性への挑戦、そして国宝《雪松図屏風》や重要文化財《藤花図屏風》といった名作における写生と装飾の融合、さらには伊藤若冲との稀有な合作に至るまで、応挙が「革新者」から「巨匠」へと変貌を遂げていくその過程を、厳選された重要作品を通じて丁寧にたどることができます。
現代の私たちにとって、応挙の絵は「普通」に見えるかもしれません。しかし、それは応挙が確立した写実表現が、いかに普遍的なものとして後世に定着したかを示す証左でもあります。この展覧会は、単に応挙の作品を鑑賞するだけでなく、彼がいかにして絵画表現に革命をもたらし、その時代の人々にどのような感動を与えたのかを、肌で感じ取ることができるでしょう。
円山応挙の絵画が持つ、生命力あふれる写実性と、見る者の心を惹きつける構成力、そして現代にまで通じる革新的な精神を、ぜひこの機会に三井記念美術館でご体験ください。彼の作品が放つ普遍的な輝きは、時を超えて私たちの心に深く響き渡ることでしょう。この貴重な特別展は、2025年9月26日(金)から11月24日(月・振休)まで開催されます。