円山応挙
「円山応挙―革新者から巨匠へ」展にて展示される円山応挙の作品「雪中狗子図」は、天明4年(1784年)に制作された一幅の絵画です。本作品は、江戸時代中期に京都画壇に革新をもたらした円山応挙の画業を示す代表的な作品の一つとして知られています。
円山応挙は、徹底した写実に基づいた「写生」を重視する画風を確立し、円山派の祖となりました。応挙は生涯にわたり多くの犬、特に子犬の絵を描いており、犬好きであったと考えられています。彼は、動き回る子犬たちの一瞬の仕草や愛らしい表情を鋭く観察し、それを絵画として表現することに注力しました。応挙は、単なる写実にとどまらず、「かわいい」と感じられる要素を抽出し、それを造形化する独自の手法を編み出したと評されています。本作品も、雪の中で無邪気に戯れる子犬たちの姿を通じて、見る者に温かい感情を抱かせることを意図して描かれたものです。
「雪中狗子図」は、紙に墨と淡い彩色で描かれた紙本墨淡彩の作品です。応挙の写生画法の特徴である「付け立て」や「片ぼかし」といった技法が用いられています。これらの技法は、輪郭線を用いずに、一筆で対象の形や陰影、立体感を表現することを可能にし、子犬のふわふわとした柔らかな毛並みや温かみのある質感を巧みに描き出しています。また、応挙の子犬の絵は、実物の犬ではほとんど見えない白目の部分をしっかりと描くことで、楽しさや不安感など多様な感情を表現している点も特徴です。このような描写は、子犬に人間のような表情を与え、より一層愛らしさを際立たせています。応挙は、中国絵画の写生的な様式や西洋絵画の遠近法も研究し、それらを日本の伝統的な装飾画法と融合させることで、独自の画境を開きました。
古来より、犬は安産や子孫繁栄の象徴とされてきました。本作品に描かれた雪中で遊ぶ子犬たちも、そうした吉祥の意味合いに加え、純粋無垢な生命の輝きや、見る者の心を和ませる存在として描かれています。応挙は、日常生活の中に存在する子犬という身近な題材に、慈愛に満ちたまなざしを注ぎ、その愛らしさを芸術へと昇華させています。
円山応挙の描く子犬は当時から非常に人気が高く、その愛らしいスタイルは多くの人々に受け入れられました。同時代の小説家である上田秋成は、応挙の登場によって京都の絵画が「応挙風」一色になったと証言するほど、その影響力は絶大でした。応挙が確立した「応挙スタイルの子犬」は、弟子である長沢芦雪をはじめとする多くの後世の画家に引き継がれ、近代日本画にも大きな影響を与えました。彼の写実的でありながらも親しみやすい画風は、従来の絵画にはない「ヴァーチャル・リアリティ」のような迫真の表現として、当時の鑑賞者に新鮮な驚きを与え、画壇の革新者としての地位を確固たるものにしました。