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木賊兎図

円山応挙

本記事では、現在開催中の「円山応挙―革新者から巨匠へ」展にて展示されている、円山応挙の傑作「木賊兎図(とくさうさぎず)」についてご紹介します。


円山応挙「木賊兎図」

制作背景と意図

「木賊兎図」は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した、円山派の祖である絵師、円山応挙によって天明6年(1786年)に制作されました。応挙は徹底した写生に基づく写実的な描写と、伝統的な日本画の装飾性を融合させた独自の画風を確立したことで知られています。

この作品は、応挙が明和7年(1770年)頃から安永元年(1772年)頃にかけて描いたとされる「花鳥写生図巻」の中の白兎や黒兎といった写生画を前提としており、対象を正確に捉える応挙の卓越した観察眼が基礎となっています。構図においては、写生した動植物を画面に配置する際、対象と余白の関係が周到に考慮され、理想的な絵画空間が設定されています。これは、応挙が若年期に西洋画の遠近法を取り入れた「眼鏡絵(めがねえ)」の制作に携わり、新しい視覚体験を通して培われた奥行きや立体感への理解が影響していると考えられます。

技法と素材

本作は絹本着色の掛幅装(かけふくそう)で、縦104.5センチメートル、横42.0センチメートルの寸法です。

描かれている三羽の兎は、繊細な毛描きと周到な着彩によって、その柔らかな質感が表現されています。特に、白い兎の周囲には淡墨を施す「外隈(そとぐま)」という技法が用いられ、白い毛並みを一層際立たせています。また、一羽の黒い兎を配することで、全体の輪郭を明確にし、色彩の対比を生み出しています。

背景の木賊は、「付立て(つけたて)」という技法で描かれ、緑青や群青の上に細い墨線で筋目と節が表現されています。これにより、兎のやわらかな質感と木賊の鋭くざらついた質感が巧みに対比され、視覚的な妙味を生み出しています。

さらに、兎の周囲にはかすかに白雲母(きら)が蒔かれており、これは月光のきらめきを表すものと解釈されています。落款に記された「丙午仲秋(へいごちゅうしゅう)」、すなわち天明6年の秋という季節の記述も、この「月下の兎」という解釈を裏付けています。

作品が持つ意味

「木賊兎図」における木賊と兎の組み合わせは、日本の伝統的な絵画や工芸品にしばしば見られるモチーフです。木賊は古くから物を磨くのに使われた植物であるため、「磨いたように美しい月」を詠んだ和歌と結びつき、月を連想させる景物となりました。一方、兎は中国の伝説に由来する「月の兎」として、古くから月と深い関係を持つ動物とされてきました。

このように、画面に直接月が描かれていなくとも、木賊と兎の組み合わせによって、秋の澄んだ月夜や、磨き上げられたような月の光が暗示されています。応挙は、こうした象徴的な意味合いを繊細な表現で具現化し、鑑賞者に豊かな想像力を促しています。

評価と影響

この「木賊兎図」は、応挙の円熟期における秀作として高く評価されています。その描写力はきわめて優れており、可憐な兎の表現は比類がないと称賛されています。写生に基づいた対象の再現性と、装飾的な画面構成を両立させた応挙の画風は、当時の京都の人々に絶大な人気を博しました。

応挙の絵画史における意義は、まさにこの写生と整形という点にあり、本作は応挙の力量と本領が十分に発揮された作品とされています。応挙が開いた円山派は、写生を重視する革新的な画風によって京都画壇に新風をもたらし、近代に至るまでその影響を及ぼす京都画壇の源流となりました。