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牡丹孔雀図

円山応挙

円山応挙の傑作、「牡丹孔雀図」をご紹介します。この作品は、現在開催中の展覧会「円山応挙―革新者から巨匠へ」にて展示されています。

制作背景と意図

「牡丹孔雀図」は、江戸時代中期の絵師、円山応挙によって安永3年(1774年)に描かれた一幅の絹本着色作品です。本作品は、応挙の重要なパトロンの一人であった三井寺円満院の門主、祐常の依頼により制作された作品の一つとされています。 牡丹と孔雀の組み合わせは、古くから日本の絵画に伝わる伝統的な吉祥図の主題です。牡丹は「百花の王」として富貴や幸福を、孔雀は美しい羽を持つことから高貴さや繁栄、吉兆を象徴します。これらを組み合わせることで、作品にはより一層のめでたさや吉祥の意味合いが込められています。 当時の絵画が理想化された表現を主流としていた中で、応挙は写生を重視する革新的な画風を確立しました。この「牡丹孔雀図」もまた、身近な動植物を観察し、リアルに描写することで、当時の鑑賞者にこれまでにない新たな視覚体験をもたらすことを意図して制作されたと考えられます。

技法と素材

この作品は絹本着色で描かれており、応挙の徹底した写実性が随所に発揮されています。 特に注目されるのは、孔雀の鮮やかな色彩表現に用いられた高度な技法です。孔雀の青い羽の部分や、岩の立体感を表現するために「墨地下地技法」が採用されています。これは、まず墨で濃淡をつけて下地を作り、その上から群青などの粒子の粗い岩絵具を重ねることで、岩絵具本来の美しい色彩と墨の微妙な階調表現を融合させ、より写生に適した奥行きのある描写を可能にするものです。 また、孔雀や牡丹、岩などの主要なモチーフには「裏彩色技法」が用いられています。これは、絹の裏側から胡粉や緑青、籐黄といった絵具で彩色することで、表面から見たときに色彩に微妙な深みと立体感を与える応挙ならではの工夫です。孔雀の羽の緑色には銅鉱物のマラカイトを原料とする岩緑青が、青色には藍銅鉱を原料とする岩群青が使われ、その粒子や焼成の度合い、溶剤の使い分けによって多様な色合いが表現されています。 さらに、孔雀の尾の先には銅泥が使用されており、これは金泥や銀泥が一般的であった当時としては珍しい素材の選択であり、応挙が新たな表現を積極的に追求していたことを示唆しています。

作品の意味と評価・影響

「牡丹孔雀図」は、その描かれた主題から、富貴長寿や子孫繁栄といった吉祥の願いが込められた作品として鑑賞されました。 円山応挙は、この作品に見られるような徹底した写生に基づく写実的な画風によって「円山派」を確立し、江戸時代を代表する画家の一人として高く評価されています。彼の絵は、当時の鑑賞者にとって「それまで見たこともないヴァーチャル・リアリティー」のように眼前に迫るものであり、18世紀京都画壇の革新者として絶大な人気を博しました。 応挙の細密描写は、同時代に活躍した伊藤若冲にも引けを取らないと評され、彼の「本物らしさ」を追求した絵画は「仕掛け」として機能し、観る者に強い臨場感を与えました。 応挙が築き上げた写実的描写の技法は、多くの弟子たちによって受け継がれ、円山四条派として発展し、明治以降の近代日本画にも多大な影響を与えました。福田美術館が所蔵する「牡丹孔雀図」は、応挙の革新的な精神と円熟した技が融合した、彼の画業を代表する重要な作品の一つと言えるでしょう。