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鶴亀絵大平皿

円山応挙画・竹翁書

円山応挙の「鶴亀絵大平皿」は、寛政元年(1789年)に制作された、絵師・円山応挙による絵と、書家・竹翁による書が施された一枚の大平皿です。三井記念美術館に所蔵されており、「円山応挙―革新者から巨匠へ」と題された展覧会で紹介されています。

背景・経緯・意図 円山応挙(1733-1795)は、江戸時代中期から後期にかけて京都で活躍した絵師であり、後の京都画壇に大きな影響を与えた円山派の祖として知られています。応挙は、従来の日本絵画の様式に留まらず、徹底した写生に基づいた写実的な表現と、西洋画の遠近法や明暗表現を取り入れた革新的な画風を確立しました。その絵は当時の人々にとって、まるで眼前に迫るような「バーチャル・リアリティー」として受け止められ、絶大な人気を博しました。三井家をはじめとする富裕な町人層が主なパトロンとなり、多くの作品を制作しました。

「鶴亀絵大平皿」に描かれている鶴と亀は、古来より長寿と繁栄、吉祥を象徴する題材として尊ばれてきました。特に「鶴は千年、亀は万年」という言葉に代表されるように、長寿を願う縁起物として日本美術において広く用いられてきたモチーフです。寛政元年(1789年)という制作年は、応挙が50代後半にあたる時期であり、画技が円熟期を迎えていた頃です。この大平皿は、慶事や祝儀のために制作された可能性が高いと考えられます。

技法・素材 「鶴亀絵大平皿」という名称から、陶磁器、あるいは漆器の大皿に絵付けが施されたものと推測されます。応挙は、墨の濃淡や色彩を巧みに操り、対象を写実的に描き出すことを得意としました。彼の画風は、輪郭線を用いずに墨や絵具を直接置く「付立て(つけだて)」の技法や、裏側から彩色する「裏彩色(うらざいしき)」の技法を融合させることで、奥行きと立体感、そして装飾性を両立させていました。 本作品は、絵を円山応挙が、賛(書)を竹翁が手掛けています。書家の竹翁に関する詳細は不明ですが、当時の著名な絵師と書家が共同で作品を制作することは、その作品の格式を高めるものであり、制作意図に特別な意味合いがあったことを示唆しています。

意味・評価・影響 この作品は、長寿と吉祥の象徴である鶴と亀を描くことで、鑑賞者に幸福と繁栄を願うメッセージを伝えています。応挙の写実的な描写力は、鶴の優美な姿や亀の力強い生命力を生き生きと表現し、吉祥画題に新たな息吹を与えたことでしょう。

円山応挙は、その写実性と装飾性を兼ね備えた画風により、江戸時代の京都画壇において不動の人気を確立し、多くの弟子を輩出しました。彼の確立した「円山派」の技法は、その後の日本画、特に近代京都画壇の源流となり、現代に至るまでその影響は続いています。この「鶴亀絵大平皿」も、応挙の多岐にわたる制作活動の一端を示すものとして、彼の画業と日本の伝統的な吉祥表現が融合した貴重な作品であると言えます。

三井記念美術館は、応挙の傑作である国宝「雪松図屏風」を所蔵するなど、応挙作品と深い関わりがあります。この「鶴亀絵大平皿」も、三井家旧蔵品として、応挙と三井家との関係性を示す重要な資料の一つであると考えられます。