オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

幽霊図

長沢芦雪

長沢芦雪 幽霊図

本展「円山応挙―革新者から巨匠へ」にてご紹介する作品は、江戸時代を代表する絵師の一人、長沢芦雪による「幽霊図」です。本作品は、一幅の絹本淡彩として制作され、18世紀の江戸時代に描かれました。

制作背景と意図

長沢芦雪は、円山応挙の高弟でありながら、師の写生を基盤とした画風から離れ、独自の「奇想」と呼ばれる奔放で大胆な表現を確立した絵師として知られています。この「幽霊図」もまた、芦雪の奇抜な発想と高度な技術が凝縮された作品です。

幽霊画は、応挙が足のない幽霊像を確立したことで知られており、芦雪の「幽霊図」もその伝統を踏まえています。特に、本作は「幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図」と題される三幅対の中央を飾る幽霊像として語られることが多く、左右の作品にはそれぞれ髑髏と仔犬、そして狐が化けた尼である白蔵主が描かれています。芦雪は、単に幽霊を描くのではなく、これらのモチーフを組み合わせることで、生と死、異界と現世、あるいは愛らしさと不気味さといった対比を際立たせ、見る者を妖しい世界へと誘う意図があったと考えられます。

技法と素材

本作品は絹本淡彩で描かれ、その技法には長沢芦雪ならではの特徴が見られます。特に注目すべきは「描表装(かきびょうそう)」と呼ばれる手法が用いられている点です。これは、作品を掛軸として仕立てる際、絵師自身が本紙だけでなく表装(掛軸の縁取り部分)にまで絵を描き込むことで、画面と表装とを一体化させ、作品世界を拡張するものです。これにより、幽霊が画面から「出る」かのような演出効果を生み出し、鑑賞者に一層の臨場感を与えています。

幽霊の描写においては、師・応挙の幽霊図を模写しつつも、芦雪独自の解釈が加えられています。例えば、描表装によって腰から下が描かれない「足のない幽霊」という応挙の様式を受け継ぎながら、芦雪の幽霊は「眉間の皺と陰影」によって凄みを増していると評されています。唇は「青く」描写され、顔からは血の気が失せていることから、単なる美人画としてではなく、反魂香によって蘇った姿とは異なる、死の様相をより本質的に表現しようとした芦雪の意図がうかがえます。

作品の意味

芦雪の「幽霊図」が持つ意味は、単独で鑑賞される場合と、三幅対の一部として鑑賞される場合とで、その深みが異なります。単独で見ても、そのどこか色っぽくも見える一方で、生気が失われた表情は、見る者に静かな問いかけを投げかけます。

三幅対「幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図」として見ると、作品全体の象徴性が際立ちます。中央の幽霊に対し、右幅には死を象徴する髑髏の傍らに愛らしい仔犬が、左幅には人間社会の道徳を超えた存在である狐が化けた白蔵主が描かれます。これは、狂言「釣狐」の伝説に由来するとされ、狐が猟師の殺生を止めさせるために伯父の僧に化け、後に犬に殺されるという物語が背景にあると考えられています。このように、生と死、可愛らしさと不気味さ、人間と動物、現実と虚構が混在する空間が創出され、その静けさの中に、描かれた「事件」が鑑賞者の想像力に語りかけてきます。芦雪は、応挙が確立した幽霊画のプロトタイプを用いつつ、そこに新たな解釈枠を設けるという斬新な試みを行っているのです。

評価と影響

長沢芦雪は、伊藤若冲や曽我蕭白らと並び、「奇想の画家」と称される江戸中期の絵師です。師である円山応挙の高度な写生技法を習得しながらも、それに留まらず、大胆な構図や奇抜な着想、奔放な筆致で独自の画風を確立しました。

彼の「幽霊図」は、応挙の足のない幽霊という表現を継承しつつ、描表装や幽霊の表情の細部にまでこだわった独自の解釈を加えることで、その後の幽霊画の表現に多様な可能性を示しました。芦雪の作品は、当時の人々の度肝を抜き、また後世の日本美術史においても「再発見」されることで、その評価を不動のものとしています。彼の既成概念にとらわれない創作姿勢は、師の画風を単に継承するだけでなく、自らの芸術性を追求し、独自の世界観を築き上げた証として、現代においても多くの人々を魅了し続けています。