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雪松図屏風

円山応挙

この記事では、三井記念美術館で開催される「円山応挙―革新者から巨匠へ」展において紹介される、円山応挙の代表作「雪松図屏風」について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳細に解説します。

円山応挙作「雪松図屏風」

「雪松図屏風」は、江戸時代中期に活躍した絵師、円山応挙(まるやまおうきょ)による六曲一双の屏風絵です。江戸時代・18世紀、天明6年(1786年)頃に制作されたと推定されています。現在、三井記念美術館に所蔵されており、応挙の作品の中で唯一国宝に指定されている傑作です。

制作の背景と意図

本作は、京都、大阪、江戸で呉服商と両替店を営んでいた豪商・三井家からの依頼によって制作されたと考えられています。 円山応挙は三井家と親交があり、三井家は応挙の作家活動を支援していました。 制作の具体的な経緯を記した史料は未だに見つかっていませんが、一説には、天明6年7月16日に三井家に男子が誕生したことを祝うために描かれたという仮説も存在します。 モチーフである松は常緑樹であり長寿や吉祥を、雪は新しさの象徴であり、これらの組み合わせによって祝祭的な意味合いが込められていると解釈されています。

卓越した技法と素材

「雪松図屏風」は、和紙に墨、金泥、金砂子を用いて描かれています。 特徴的なのは、雪を白で塗るのではなく、紙の白地を効果的に「塗り残す」ことで、新雪のふわりとした質感を表現している点です。 松の幹や枝には輪郭線を用いない「没骨(もっこつ)技法」が用いられ、墨の濃淡を直接使い、片側をぼかす「付立(つけたて)の技法」や「片隈(かたくま)の技法(片ぼかし)」によって、幹の丸みや松葉の奥行き、立体感が写実的に表現されています。 また、背景に施された金泥と金砂子は、雪が降り積もった清々しい冬の朝のきらめく大気を表しています。 応挙は、西洋の透視図法と中国の三遠の法を修得し、三次元的な空間表現を追求しました。 屏風の折り目を活用することで、松の木の雄大な立体感を生み出す工夫も凝らされています。

作品に込められた意味

右隻には力強い雄松(クロマツ)の老松が一本、左隻には曲線的な枝ぶりの雌松(アカマツ)の若木が二本描かれており、この剛と柔の対比が新たな空間世界を創出しています。 作品全体から、輝くような大気と清楚な雪が織りなす冬の情景、そして生命力にあふれる松の大樹が感じられます。 長寿や新春を祝う吉祥の意味が込められた「おめでたい絵画」としても評価されています。

評価と与えた影響

「雪松図屏風」は、円山応挙の「写生」という絵画思想の到達点を示す傑作と位置づけられています。 応挙が確立した写生に基づく画風は、当時の鑑賞者に、まるで目の前に実物が存在するかのような臨場感と、それまでの絵画表現とは一線を画すリアリティをもたらしました。 その革新的な表現は瞬く間に京都画壇を席巻し、多くの弟子を惹きつけ、後の円山四条派を形成する中心となりました。 自然をありのままに写し取ろうとするその絵画表現は、西洋における19世紀後半の印象派の登場を約100年先取りしていたとも評されるほどです。 本作は、円山応挙の画業における革新性と巨匠たる所以を示す、極めて重要な作品です。