円山応挙
本展「円山応挙―革新者から巨匠へ」では、江戸時代中期に活躍した絵師、円山応挙による「出山釈迦図」を展示いたします。この作品は、天明2年(1782年)に制作され、妙定院に所蔵される一幅の絹本着色画であり、港区指定文化財にも指定されています。
「出山釈迦図」は、釈迦が苦行を終え、山を下りる姿を描いた仏画です。釈迦が、肉体を痛めつけるだけの苦行では真の悟りは得られないことを悟り、失意のうちに山を去るという、その精神的な転換点にある人間味あふれる表情を描き出しています。円山応挙は、当時の絵画における理想化された表現が主流であった時代に、写生に基づく新たな絵画様式を確立した革新者として知られています。この作品もまた、従来の仏画の様式に写実的な表現を取り入れることで、観る者に釈迦の苦悩と決意をより鮮やかに伝えています。
本作品は絹を支持体とし、着色で描かれています。円山応挙の画風は、徹底した写生に裏打ちされた写実性と、西洋画法である遠近法や陰影法を取り入れた点が大きな特徴です。この「出山釈迦図」においても、粗末な一枚の衣を身にまとい、苦悩の表情を浮かべながら歩みを進める釈迦の姿は、まるでそこに実物が存在するかのような臨場感をもって描かれています。精緻な線と色彩によって、人物の質感や感情が写し取られ、観る者は釈迦の内面世界に深く引き込まれます。
「出山釈迦図」は、極端な苦行から離れ、中道の教えへと向かう釈迦の重要な一場面を表現しています。これは、悟りへの道のりにおける試練と選択、そして人間としての普遍的な苦悩とそこからの脱却を示唆するものです。応挙の写実的な表現は、この聖なる存在を、より身近で共感しうる存在として描くことを可能にし、当時の人々に新たな視覚体験を提供しました。彼の絵画は、見る者に「視覚を再現してくれる絵」、あるいは「バーチャル・リアリティー」のように眼前に迫るものとして受け止められました。
円山応挙は、その革新的な画風によって18世紀の京都画壇を席巻し、多くの弟子を育て、円山四条派の祖となりました。彼の写実を基盤とした画風は、日本画の近代化に大きく貢献したと評価されています。この「出山釈迦図」は、天明2年(1782年)7月という明確な制作年が判明しており、応挙の画風的特色を示す貴重な作品です。応挙が仏画を手がけた作品は比較的稀であり、本作品が港区指定文化財に指定されていることからも、その歴史的・美術史的価値の高さがうかがえます。