円山応挙
この度ご紹介するのは、静嘉堂文庫美術館所蔵の円山応挙による重要美術品《江口君図》です。本作品は、三井記念美術館で開催されている展覧会「円山応挙―革新者から巨匠へ」にて展示されています。寛政6年(1794年)に制作されたこの一幅は、縦108.2センチメートル、横44.3センチメートルの絹本着色であり、応挙の最晩年の傑作として知られています。
《江口君図》は、能の演目「江口」に登場する遊女・江口の君を題材としています。この物語は、平安時代の歌人・西行法師が摂津国江口の里で遊女に一夜の宿を請い、歌を詠み交わしたという説話に基づいています。最終的に、その遊女は普賢菩薩の化身であったと明かされることから、白象に乗る遊女の姿が普賢菩薩に見立てられるようになりました。
応挙は、この古典的な題材を「見立絵(やつし絵)」として描きました。これは、一見すると当世風の人物や風俗を描きながら、実は故事や古典文学など別の意味を表現する技法です。本作において応挙は、遊女でありながらも普賢菩薩の優美な姿と気品を兼ね備えた江口の君を描き出しており、単なる美人画に留まらない深い精神性を追求しました。
円山応挙は、当時の主流であった狩野派の伝統にとらわれず、独自の写生に基づいた画風を確立した革新的な画家です。彼は西洋画の透視図法や、中国・清時代の沈南蘋(しんなんぴん)の写実技法を独自に昇華させました。応挙の制作意図には、「一握りの選ばれし人々だけでなく、誰もが満足するような絵を描きたい」という思いがあったとされています。
この作品は絹に色彩を施した絹本着色で描かれています。 応挙の写実的な描写は、江口の君の髪の毛一本一本に至るまで緻密に表現されており、その優れた描写力が遺憾なく発揮されています。 しかしながら、完全に写実的に描かれているわけではありません。江口の君が乗る白象はまるで人形のように、また、腰かけた下半身の量感は控えめに描かれています。これは、幽霊画の名手としても知られる応挙が、あえて江口の君を生身の美人として描かず、菩薩としての優美な姿を表現しようとした、写実の真骨頂であると評されています。
《江口君図》は、遊女の姿の中に神聖な普賢菩薩を見出すという、当時の人々の信仰心と美意識が融合した作品です。江口の君の気品ある表情は、彼女がただの遊女ではなく、仏の化身であることを示唆しています。
この作品は円山応挙の数少ない美人画の中でも特に優れたものとして評価されており、彼の人物画に特徴的な、しっかりとした人体構成で描かれています。 その芸術的価値の高さから、重要美術品に指定されています。
円山応挙は、写生を重視した画風によって京都画壇に大きな影響を与え、その後の円山・四条派の源流を築きました。 《江口君図》は、応挙の革新的な精神と卓越した技量が凝縮された作品であり、観る者に深い感動を与えることでしょう。この展覧会では、応挙の多彩な人物表現をうかがい知ることができる作品の一つとして紹介されています。