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桜木地茶箱(蓋裏桜川蒔絵)

円山応挙

「円山応挙―革新者から巨匠へ」展にて展示される「桜木地茶箱(蓋裏桜川蒔絵)」は、江戸時代中期の画家・円山応挙が下絵を手がけ、蒔絵師・春正が制作した、当時の革新的な芸術性を象徴する茶箱です。三井記念美術館が所蔵するこの作品は、応挙の写実に基づいた画風と伝統的な工芸技術が融合した貴重な一点として注目されます。

制作背景と意図 円山応挙(1733-1795)は、江戸時代中期に京都画壇において写生を基盤とした画風を確立し、革新的な存在として知られています。当時の絵画が理想化された表現を主流とする中で、応挙は身近な動植物や風景を観察し、まるで目の前にあるかのようなリアルさで描きました。これにより、観る者に新たな視覚体験をもたらし、「写生派の祖」と称されるようになりました。 その画風は瞬く間に京都画壇を席巻し、多くの弟子を擁する円山四条派を形成しました。 本作品は茶箱であり、茶箱は江戸時代には茶葉の保存や運搬、また茶道具一式を収納して持ち運ぶための道具として用いられていました。 茶道における茶箱の歴史は古く、千利休の時代から「茶弁当」として使われ始めたとされています。 応挙が下絵を担当した茶箱は、単なる実用品としての茶箱に、彼の革新的な絵画表現と高度な蒔絵技術を融合させることで、芸術品としての価値を高めようとする意図があったと考えられます。応挙は三井家をはじめとする京都の町衆からの庇護を受け、数々の実験的な制作を試みており、この茶箱もその一環として制作された可能性が指摘されます。

技法と素材 この茶箱は「桜木地」とあるように、桜材が使用された木地と思われます。茶箱の素材としては、古くから杉が用いられ、防湿性や防虫性、堅牢な作りが重宝されてきました。 桜材が用いられていることから、特に美しさと素材感を活かした仕上げが意図されたと推測できます。 最大の特徴は、蓋裏に施された「桜川蒔絵」です。「蒔絵」とは、漆で描いた文様の上に金銀などの金属粉を蒔きつけて定着させる日本独自の漆工芸技法です。本作品では、円山応挙が「下絵」を描き、蒔絵師の「春正」がその下絵に基づき蒔絵を施しています。 応挙は、絵画制作において写生を重視したリアリティを追求しましたが、その写実的な描写が蒔絵という工芸技術によってどのように表現されているかが、この作品の大きな見どころです。 蒔絵師・春正の精緻な技術によって、応挙の描いた「桜川」の情景が、光沢ある漆と蒔かれた金属粉の輝きによって立体的に、そして幻想的に表現されています。

意味合い 「桜川」は、桜の花びらが水面に散り、川面を流れていく情景を表す雅なモチーフであり、和歌や文学、絵画、工芸品などで古くから親しまれてきました。 散りゆく桜の儚さと、水面に美しく浮かび流れる姿の風情が、日本人の美意識に深く響くものです。茶箱の蓋裏という、開けて初めて鑑賞できる場所にこの蒔絵が施されていることは、茶の湯において道具を扱う所作の中に、ふと現れる美意識や季節感を大切にする精神が込められていることを示唆しています。また、応挙の写実性をもって描かれた桜川は、単なる概念的な美しさだけでなく、自然の情景をありのままに捉えようとする彼の視点が反映されていると言えるでしょう。

評価と影響 「桜木地茶箱(蓋裏桜川蒔絵)」は、応挙の絵画作品とは異なる工芸分野における彼の創造性を示すものとして評価されます。応挙が「革新者」として注目されたのは、その写実的な画風が当時の人々にとって「バーチャル・リアリティのように眼前に迫る」ものであったからです。 この茶箱では、彼の写生に基づく視点が、蒔絵という伝統工芸の枠組みの中でどのように生かされたかを知る手がかりとなります。三井記念美術館のコレクションとして、また「円山応挙―革新者から巨匠へ」展の出品作品として展示されることは、応挙の画業の多様性と、彼が当時の美術工芸に与えた影響の広がりを示すものです。 応挙は「写生」を重んじつつも、その芸術性の高さから、空想上の動物すら息遣いを感じさせるように描き出すなど、単なる写実を超えた表現力を持ち合わせていました。 本作品は、こうした応挙の革新性が、蒔絵師・春正との協業を通じて工芸品に結実した貴重な事例として、美術史的にも重要な意味を持つと言えます。