円山応挙
三井記念美術館で開催される「円山応挙―革新者から巨匠へ」展において、円山応挙の代表作の一つである「郭子儀祝賀図」が展示されます。この作品は、安永4年(1775年)に制作された一幅の絹本著色で、現在は三井記念美術館に所蔵されています。
この作品の画題となっている郭子儀(かくしぎ)は、中国唐代の名将です。彼は安禄山の乱を平定し、玄宗、粛宗、代宗、徳宗の四帝に仕え、徳宗からは父を慕うように「尚父」と呼ばれ尊敬されました。郭子儀は長寿に恵まれ、八男七女をもうけ、孫は数十人に及んだと伝えられており、古くから家運隆盛や子孫繁栄のシンボルとして、また平和と安定の象徴として好んで描かれてきた人物です。
「郭子儀祝賀図」は、北三井家の4代当主である高美が、実弟の隠居を祝うために円山応挙に依頼した特注品であるとされています。これは、三井家が応挙の画家としての活動を支援していた背景があり、応挙の重要な作品を数多く所蔵するきっかけとなりました。この作品には、長寿と子孫繁栄を願う普遍的な意味に加え、依頼主である三井家から実弟への祝賀という具体的な意図が込められています。
作品は絹本著色で描かれ、縦118.0cm、横58.5cmの掛幅装の形式をとっています。応挙は写生を重視する画風で知られ、この作品においても郭子儀の威厳ある姿や白く豊かな髭、そして周囲の様子が、精緻かつ写実的に描写されています。画面右下には「安永乙未 仲春写 応挙」の款記と印章が確認できます。
円山応挙は、写生を基盤とした革新的な画風によって18世紀の京都画壇を席巻し、「革新者」から「巨匠」へとその評価を確立しました。彼の画風は瞬く間に広がり、多くの弟子たちが集まって円山四条派を形成し、近代に続く京都画壇の源流となっています。応挙が描く郭子儀図は、兵庫県の大乗寺に描かれた襖絵にも見られるように、その描写力や空間を意識した表現技法が高く評価されており、後の画家たちにも影響を与えたことがうかがえます。この「郭子儀祝賀図」は、応挙の円熟期の代表的な人物画として、彼の革新性と描写の精緻さを示す重要な作品と言えます。