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眼鏡絵 三十三間堂

(伝)円山応挙

円山応挙(伝)作「眼鏡絵 三十三間堂」に見る革新性

この度ご紹介する作品は、町田市立国際版画美術館が所蔵する、江戸時代18世紀の「眼鏡絵 三十三間堂」です。本作品は「伝 円山応挙」とされており、日本の画壇に革新をもたらした円山応挙(まるやまおうきょ)が、その若き日に西洋の遠近法に触れ、新たな表現を追求した一端を垣間見ることができます。

制作の背景と意図

「眼鏡絵(めがねえ)」とは、西洋から伝わった光学的な見世物として、江戸時代に流行した絵画の一種です。特に18世紀前半に中国を経て日本に伝来し、円山応挙や司馬江漢(しばこうかん)といった画家たちが制作を手がけました。作品は、「覗き眼鏡」と呼ばれる凸レンズを嵌めた箱を通して見ることで、描かれた風景が立体的に、また奥行き深く見えるよう工夫されています。

円山応挙は、20代の修行時代に京都の玩具商である尾張屋中島勘兵衛(おわりやなかじまかんべえ)に勤めていた際、オランダ渡来の眼鏡絵に感銘を受け、自ら京都の風景を描いた眼鏡絵を制作したとされています。 その意図は、西洋画の遠近法を応用し、従来の日本画にはなかった深い遠近感や空間表現を追求することにありました。本作品「三十三間堂」も、応挙が京都の名所を描いた眼鏡絵シリーズの一つとして制作されたものです。 長大な三十三間堂の堂内を題材とすることで、遠近法による奥行きの効果を最大限に引き出すことを狙ったと考えられます。

技法と素材

「眼鏡絵 三十三間堂」に用いられている技法は、西洋の線遠近法(透視図法)を駆使し、誇張された遠近感を表現することに特徴があります。 これを見るためには、「覗き眼鏡」という特別な装置を使用します。一部の眼鏡絵は、45度に傾けた鏡に映した絵をレンズ越しに覗く「反射式」であり、その場合、絵や文字は左右反転して描かれていました。 画面に小さな穴を開けて薄紙を貼り、裏から光を当てることで、さらに遠近感を強調する工夫も凝らされました。

応挙の眼鏡絵は、多くが木版墨摺り(もくはんすみずり)で制作され、その後手彩色(てさいしき)で着色されたものが確認されています。 「眼鏡絵 三十三間堂」も、版画美術館に所蔵されていることから、同様に版画作品である可能性が高いです。

作品の持つ意味

この作品は、単なる見世物としての役割を超え、円山応挙という一人の画家にとって、その後の画業を決定づける重要な意味を持っていました。眼鏡絵の制作を通して西洋の遠近法や写実表現に触れた経験は、彼の画風に大きな影響を与え、後に確立する「写生(しゃせい)」を重視した円山派の源流となったと評価されています。 彼は、対象を精密に観察し、その姿をありのままに描くことを追求する、革新的な画法を確立していきました。

与えた評価と影響

円山応挙が手がけた眼鏡絵は、当時の人々に新しい視覚体験を提供し、その画才を広く知らしめるきっかけとなりました。 応挙による遠近法の導入は、江戸時代の日本画壇における洋風表現の先駆けとなり、浮世絵の一ジャンルである「浮絵(うきえ)」の誕生にも影響を与えたと考えられています。

応挙は、眼鏡絵を通して培った写実的な描写力を基礎に、伝統的な日本画の装飾性と融合させた独自の画風を確立し、多くの弟子を育てて「円山四条派」を形成しました。 彼の築いた画風は、明治以降の近代日本画にも多大な影響を与え、今日まで続く京都画壇の源流の一つとなっています。 この「眼鏡絵 三十三間堂」は、応挙が「革新者」として新たな表現に挑み、後に「巨匠」へと至る軌跡を示す、重要な作品として評価されています。