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応挙遺印

円山応挙

三井記念美術館で開催されている展覧会「円山応挙―革新者から巨匠へ」において、円山応挙の多岐にわたる画業の一端を示す貴重な資料として「応挙遺印」が展示されています。本作品は、江戸時代・18世紀に制作された23顆の印章から構成されており、円山応挙の落款研究に不可欠な資料です。

制作背景・経緯・意図 円山応挙は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した京都画壇の革新者であり、円山派の祖として知られています。画家が自身の作品に押す印章は、作品の真正性を証明する署名としての役割を担っていました。応挙もまた、その画業の中で、名(岩次郎、主水)や号(夏雲、雪汀、一嘯、仙嶺、僊斎、星聚館、鴨水漁史、攘雲、洛陽仙人)に応じた様々な印章を用いていました。これら「応挙遺印」は、応挙が晩年までに使用した、あるいは遺された印章の集合体と考えられ、彼の画業の変遷や作品の制作時期を特定する上で重要な手掛かりとなります。

技法・素材 「応挙遺印」は、石材や木材などを用いて彫られた印章です。印章には、文字を浮き上がらせるように彫る白文(はくぶん)と、文字を窪ませて彫る朱文(しゅぶん)があり、応挙の印にも「應挙之印」の白文方印や「仲選」の白文方印などが確認できます。これらの印章は、墨と朱色の印泥を用いて作品に押され、その鮮やかな色彩が絵画の一部として作品の完成度を高めていました。

作品の意味 23顆に及ぶ「応挙遺印」の存在は、応挙がいかに多くの作品を生み出し、また自身の作品に対する意識が高かったかを示唆しています。それぞれの印章は、応挙の様々な別名や号に対応しており、彼の画風の変化や活動の広がりを物語るものです。これらは単なる記号ではなく、絵師としてのアイデンティティや、作品への責任を示す証として、重要な意味を持っていました。

評価・影響 「応挙遺印」は、円山応挙の落款(署名と印章)を研究する上で極めて価値の高い資料と評価されています。応挙は写生を重視した画風で一世を風靡し、近現代の京都画壇にまで続く「円山・四条派」の源流を築きました。彼の印章は、その膨大な作品群の真贋鑑定や、年代比定に不可欠であり、応挙研究における基礎資料として学術的に重要な位置を占めています。これらの印章が三井記念美術館に所蔵され、展覧会で公開されることは、応挙の画業全体を理解する上で、その評価と影響力を再認識させる機会となっています。