この度は、展覧会「動物の仮面」に出品されている狂言面「白蔵主(伯蔵主)」について、詳細を説明いたします。
狂言面「白蔵主」は、日本の伝統芸能である狂言で用いられる仮面の一つです。
どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 狂言面「白蔵主」は、狂言の演目「釣狐(つりぎつね)」に登場する主要な役である「白蔵主」を演じる際に用いられます。この面は、猟師に一族を皆殺しにされた老狐が、猟師の伯父である僧「白蔵主」に化けて、猟師に意見しに行くという物語の背景から作られました。白蔵主は、狐が本来神であること、退治された狐の執心が殺生石になった故事を語り、猟師に狐釣りをやめさせようとします。この面は、狐が人間に化けた姿でありながら、どこか狐らしさを残した、教養のある僧の姿を表現することを意図して作られています。
どのような技法や素材が使われているのか? 狂言面は、木材を彫刻し、彩色を施して作られるのが一般的です。具体的な素材としては、ヒノキなどの木材が使われます。表面には、胡粉(ごふん)と呼ばれる白い顔料を塗り重ね、その上から代赭色(たいしゃいろ)や辰砂(しんしゃ)などの顔料を膠水溶液(にかわすいようえき)と混ぜ合わせて彩色が施されます。「白蔵主」の面は、全体的に写実的でありながら、内面からにじみ出る狐の特徴を表現するために、表情の細部にまで工夫が凝らされています。
どのような意味を持っているのか? 狂言面「白蔵主」は、理性と本能のせめぎ合い、そして人間の営みに対する動物の知恵と復讐の念といった深い意味合いを持っています。「釣狐」の演目では、教養のある僧に化けて猟師を見事に騙した聡明な狐が、罠の餌に危険を知りながらも引きつけられてしまうという、理性と本能の葛藤が大きな見どころとされています。この面は、一見すると穏やかな僧の顔をしていますが、よく見ると狐特有の鋭さや狡猾さ、あるいは悲哀が感じられるよう作られており、物語の多層的な意味を観客に伝えます。
どのような評価や影響を与えたのか? 狂言面「白蔵主」は、狂言の演目「釣狐」を象徴する重要な面として、その芸術性と表現力の高さから高く評価されています。特に「釣狐」は、和泉流狂言において「猿で始まり、狐に終る」と言われるほど、狂言師が一人前として認められるための「卒業課題」のような位置づけにある演目であり、この面の表現がいかに難しいかが伺えます。面を通して狐の姿勢、足の運び、身振りなど特殊な演じ方をすることで、狂言師はこれまでの修行で培った技術を振り返るとされており、その重要性は計り知れません。今回、「動物の仮面」という展覧会で展示されることにより、狂言や能楽といった伝統芸能に親しみのない人々にも、その造形の美しさや込められた物語の深さに触れる機会を提供し、日本の仮面文化への関心を高める影響を与えていると言えるでしょう。