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能面 顰

金春家伝来

このたびお問い合わせいただいた作品「能面 顰」は、能楽のシテ方(主役を務める役者)の宗家である金春家(こんぱるけ)に代々伝わる能面の一つです。金春家は、能楽最古の歴史を持つ流派として知られており、室町時代前期に大和猿楽四座の一つである円満井座(えんまいざ)を前身としています。 豊臣秀吉の庇護を受けた金春安照(こんぱるやすてる)をはじめ、金春禅竹(こんぱるぜんちく)や金春禅鳳(こんぱるぜんぽう)といった能楽の発展に大きく貢献した人物を輩出してきました。

明治時代には金春家から離れて一時的に散逸の危機に瀕しましたが、奈良の有志で結成された諦楽舎(ていらくしゃ)という団体によって保存され、現在はその多くが東京国立博物館に所蔵されています。 このように「金春家伝来」とは、特定の作者名ではなく、金春家の歴史と伝統の中で大切に受け継がれてきた由緒ある作品群であることを示しています。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 「顰(しかみ)」は、能において男の鬼の役に用いられる面です。 その名は古くは「獅噛(しかみ)」や「歯噛(はがみ)」とも書かれ、獅子が上歯と下歯で噛み合った状態を表す言葉に由来すると言われています。 「羅生門(らしょうもん)」、「紅葉狩(もみじがり)」、「舎利(しゃり)」、「大江山(おおえやま)」、「土蜘蛛(つちぐも)」など、荒々しい鬼や強い力を示す役どころで使われることから、見る者に強烈な印象を与え、劇中の魔性や異形を象徴する意図で制作されました。 今回の「動物の仮面」という展示会タイトルは、「顰」が持つ獅子を思わせる噛みつくような表情や、鬼という異形の存在を動物的な力強さとして捉えることができる点に関連していると考えられます。

どのような技法や素材が使われているのか? 能面は一般的にヒノキ(檜)やキリ(桐)の木材から彫り出されます。 ヒノキは木目が比較的均一で彫りやすく、耐久性にも優れているため、能面制作において多く用いられてきました。 「顰」面も木材を彫り出し、彩色が施されています。 特徴的な技法としては、眉を強く吊り上げ、口元は頬まで裂けるかのように大きく開き、牙が表現されています。 中には、歯の部分に鍍金(ときん)された銅板が貼られたり、歯の裏に金箔が施されたりする珍しい例も見られます。 これらの技法は、鬼の怒りや獰猛さ、そして超自然的な力を視覚的に表現するために用いられています。

どのような意味を持っているのか? 「顰」は、その表情から、怒り、威嚇、そして内に秘めた強大な力を意味しています。眉間に深い皺を寄せ、大きく見開かれた目、そして噛みつくかのように開かれた口元は、劇中で登場する鬼や怨霊の人間を超えた存在感を強調し、観客に恐怖や畏敬の念を抱かせます。また、時にその激しさの中にも、深い悲しみや苦悩の表現を読み取ることができる複雑な表情を持つものもあります。

どのような評価や影響を与えたのか? 金春家に伝わる能面は、南北朝時代から室町時代に遡る優品が多く、その質と量において非常に貴重であると評価されています。 能面の造形が形式化する以前の古い時代のものや、後世に多くの写しが作られるほどの有名な面も含まれており、能楽史を研究する上でも重要な資料となっています。 「顰」は、能面の中でも特に印象的な鬼面の一つとして、能楽の舞台表現に不可欠な存在であり、その迫力ある造形は多くの面打ち師に影響を与え、今日まで様々な「顰」が生み出され続けています。