オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

能面 黒髭

「金春」陰刻金春家伝来

能面「黒髭」(くろひげ)は、能楽のシテ方(しゅてかた)の宗家である奈良の金春家(こんぱるけ)に代々伝わってきた、大変貴重な能面です。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 金春家は、大和猿楽四座(やまとさるがくよざ)の一つで、南北朝時代から活動を始めた最も古い歴史を持つ能楽の流派です。元々は、祭りの際に五穀豊穣などを祈願し祝う「翁猿楽(おきなさるがく)」を演じる座として起こりましたが、後に能楽へと発展していきました。金春禅竹(こんぱるぜんちく)やその孫の金春禅鳳(こんぱるぜんぽう)らが金春座を支え、安土桃山時代には豊臣秀吉のお抱え役者であった金春安照(こんぱるやすてる)が活躍しました。この「黒髭」も、そうした金春家の長い歴史の中で、能の舞台で用いられる面として、伝承されてきたものです。明治時代初期に金春家を離れ、一時春日神社に寄託されましたが、その後、散逸を憂えた奈良の有志によって結成された「諦楽舎(ていらくしゃ)」という会が保護し、今日まで守り伝えられています。この面は、能の演目、特に「竹生島(ちくぶじま)」や「春日龍神(かすがりゅうじん)」といった、水中に住む龍神(りゅうじん)が登場する曲で使用するために作られました。龍神は、雨水をつかさどり、五穀豊穣を願う中世の信仰において重要な存在でした。

どのような技法や素材が使われているのか? この「黒髭」は、木造(もくぞう)で、彩色(さいしょく)が施されています。具体的な木材は明記されていませんが、一般的に能面は軽量で加工しやすい檜(ひのき)などの木材が用いられます。面は「面打ち(おもてうち)」という伝統的な技法で彫刻され、その後、漆(うるし)が塗られ、胡粉(ごふん)で顔の表情が整えられます。さらに墨(すみ)や他の彩色で細部が仕上げられます。特に黒髭面は、その名の通り、髭(ひげ)の部分の表現が精密に施されるのが特徴です。この金春家伝来の「黒髭」には、「金春」という陰刻(いんこく)の銘があります。面の大きさは、縦が18.9センチメートル、横が14.2センチメートルです。

どのような意味を持っているのか? 「黒髭」の能面は、龍神(りゅうじん)という神聖な存在を表現しています。海中に住み、雨をもたらす魔力を持つとされる龍神は、その名が示す通り、上口から頬にかけて伸びる黒々とした口髭(くちひげ)が特徴です。全体的に鈍い暗い彩色が施され、口を大きく開き、下顎を突き出した力強い表情をしています。眉間にはしわが寄り、深く彫られた目の部分は影が生じることで迫力を増しています。特にこの金春家の「黒髭」は、白目が赤く塗られた三白眼(さんぱくがん)の表現が見られます。中には、前面に金泥(きんでい)を施した「泥黒髭(でいくろひげ)」と呼ばれるものもあり、これは水底に棲む神としての性格に加え、天上の神としての品格を兼ね備えているとされています。龍神は、水や豊穣と結びつく重要な神として、能の世界で描かれてきました。

どのような評価や影響を与えたのか? 金春家伝来の「黒髭」は、その歴史的価値と美術的価値から、国の重要文化財に指定されています。 室町時代にまで遡る能面の中には優れた作品が多く、この面も造形的な魅力に富んだ優品として評価されています。 能面は日本の伝統芸術の象徴として国内外の多くの美術館や博物館で展示されており、「黒髭」の面はその力強い表現から、コレクターの間でも高い人気を誇っています。 金春家の伝来面は、能楽の歴史や金春流の芸術的功績を今に伝える貴重な資料として、能楽界や美術史において重要な位置を占めています。 また、この面は「伝赤鶴作(でんしゃくづるさく)」と伝えられており、古くからの面打師(おもてうちし)の系譜をたどる上でも重要な手掛かりとなっています。