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能面 獅子口

「動物の仮面」展に展示された能面「獅子口」について詳細に説明します。


能面 獅子口

この作品は、能楽で用いられる面の一つ、「獅子口(ししぐち)」です。「動物の仮面」という展示会のタイトルにあるように、人間の姿ではない動物を象った仮面として展示されています。能面の中には、獅子でありながらもかなり人間に近い容貌を持つものも存在します。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 獅子口は、能の演目「石橋(しゃっきょう)」のシテ(主役)である獅子に用いられる専用面として作られました。 「石橋」は、中国の清涼山にあるとされる文殊菩薩の浄土へ続く石の橋を舞台に、獅子が牡丹の花に戯れ、雄壮な舞を舞う様子を描いた演目です。 獅子は文殊菩薩の乗り物とされる霊獣であり、その咆哮が百獣を威服させることから、釈迦の説法になぞらえられ、悪魔や災いを圧する力を持つと信じられてきました。 この面は、そうした霊獣としての獅子の威厳と力強さ、そして舞の豪快さを表現するために制作されました。古くは中国から伝来した獅子舞が田楽、猿楽に取り入れられ、能楽の獅子として確立された経緯があります。

どのような技法や素材が使われているのか? 能面「獅子口」は、一般的にヒノキ材などの木材を彫り出し、彩色を施して作られます。 特に獅子口は、顔全体に金泥(きんでい)が施されている点が特徴的です。 目には鍍金(めっき)した銅板が嵌め込まれることもあり、これにより光り方が微妙に異なり、一層迫力のある表情を生み出しています。 眉や髭などの毛描きには、闊達な趣が表現され、彫り口には抑揚がつけられています。 面の裏には作者名や制作年代が記されることもあり、彦根城博物館所蔵の獅子口には、面打・赤鶴(しゃくづる)による明暦二年(1656年)の金泥極めが確認できます。

どのような意味を持っているのか? 獅子口は、大きく口を開け、牙をむき出しにした豪快で威嚇的な表情が特徴です。 この大きく開いた口は、獅子の咆哮を現しており、その力強い声で百獣を威服させる様を象徴しています。 目も見開かれ、下界を睥睨(へいげい)するような威容を感じさせます。 単なる怖さだけでなく、神の使いとしての獅子のエネルギーや神秘性、そして文殊菩薩の乗り物である霊獣としての貫禄と威厳が表現されています。 「石橋」の演目では、白頭の獅子口が主役の白獅子に、赤頭の小獅子(こじし)が子獅子に用いられるなど、親子の獅子が織りなす勇壮な舞を通して、千秋万歳を祝う意味合いも込められています。

どのような評価や影響を与えたのか? 獅子口は、能面の中でも特に大型であり、口の大きさや牙の長さは能面中最大級とされます。 その豪壮な造形と強い表現は、「石橋」という演目の見どころの一つとして観客に強い印象を与え続けています。 能楽における獅子舞は、歌舞伎の「連獅子」や「鏡獅子」など、他の古典芸能にも様々な形で影響を与えました。 獅子口のような動物を象った仮面は、古くから日本の祭礼や芸能で用いられ、自然界の存在を人間の身体に宿らせることで、神霊の顕現や邪気祓い、共同体の倫理や記憶の継承といった役割を果たしてきました。 この作品が「動物の仮面」展に展示されたことは、単なる伝統芸能の道具としてだけでなく、人間と動物、そして芸能文化の多様性と共通性を考察する上で重要な位置づけにあることを示しています。 能面の形が固定化する以前の古調を伝える優品も存在し、その彫り口には時代ごとの個性が見られます。