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1968年5月16日 VI

Pablo Picasso

ピカソの「1968年5月16日 VI」について、以下の詳細を説明します。

背景・経緯・意図

この作品は、パブロ・ピカソが八十八歳の時に、1968年3月から10月にかけて精力的に取り組んだ「347シリーズ」と呼ばれる大規模な銅版画連作のうちの一点です。ピカソは晩年において、衰えるどころか、より自由で挑戦的な高みに達した創造力を示し、わずか7ヶ月の間に347点もの銅版画を制作しました。この膨大なエネルギーと制作速度は、当時の周囲を驚愕させました。作品群には番号順に日付が記されており、特定のタイトルではなく「日付がタイトル」となっています。

「347シリーズ」には、神話、古典、オペラ、サーカス、闘牛、性、芸術家とモデルなど、多彩な主題が繰り返し現れます。これらはピカソの記憶と想像力が自在に交錯していることを示しています。「1968年5月16日 VI」もその一環として、特定の主題を描くというよりは、ピカソの内部に渦巻く「ヴィジョン(幻視)」を転写するかのような感覚で作られています。

画面には、ベラスケスやレンブラントといった古典的巨匠たちの作品を思わせる衣装をまとった男女、現代的な女性の横顔、ピエロや騎士のような人物など、時代も空間も異なる雑多なキャラクターたちが一堂に会しています。彼らは互いに視線を交わすことなく、まるで別々の次元に存在しているかのように描かれています。これは、ピカソが若い頃から古典絵画を徹底的に模写し、解体してきたことへのオマージュであると同時に、過去の亡霊たちを舞台に呼び寄せているようでもあります。

技法や素材

「1968年5月16日 VI」は、エッチングとドライポイントの技法を用いて制作されています。この二つの技法を組み合わせることで、ピカソは複雑な質感と立体感を精緻に構築することが可能となりました。

本作では、人物たちの衣装のレースや皺、髪の毛の柔らかさ、あるいは陰影による距離感などが驚くほど精密に書き込まれている一方で、一部の線は大胆で荒く、即興的な印象を与えます。この精緻さと即興性の混在は、ピカソ特有の芸術的態度を示しています。晩年のピカソは、技巧のための技巧に陥ることなく、むしろ描く喜びや刻む快楽といった遊び心を全面に押し出していました。彫刻家でもあったピカソにとって、銅板を刻む行為そのものが、特別な意味を持っていたと言えます。

意味

この作品は、ピカソの晩年の芸術が回顧ではなく、現在進行形であったことを象徴しています。「1968年5月16日 VI」は、彼の中に渦巻く過去、現在、未来全てのビジョンを凝縮した群像であり、見る者にとって常に新しい登場人物が語りかけてくる生きた演劇空間であると解釈されています。

画面の混沌の中には、ピカソという芸術の演出家が仕掛けた無数の伏線と仕掛けが隠されています。見る者はどこに焦点を当てるべきか迷いながらも、やがてその混沌の中に秩序を見出し、まるで時間の迷宮を彷徨うように、人生の深遠な意味を静かに納得するのかもしれません。

評価や影響

「1968年5月16日 VI」が属する「347シリーズ」は、ピカソが晩年に取り組んだ版画集の中でも特に密度と物語性において頂点をなすものと評価されています。その膨大な作品数と自由奔放な表現は、当時の美術界に大きな驚きを与えました。

ピカソは生涯にわたり2000点以上の版画作品を残しましたが、特に晩年の347シリーズは、その尽きることのない芸術に対する情熱と多彩な表現技法を示すものとして重要視されています。

この作品は、国立西洋美術館に所蔵されており、1990年に山本英子氏より寄贈されました。 国立西洋美術館の常設展「ピカソの人物画」で展示されることがあります。