オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

横たわる女

Pablo Picasso

パブロ・ピカソの「横たわる女」は、一九六〇年に制作された油彩画で、現在、国立西洋美術館に所蔵されています。この作品は、ピカソの晩年の創作活動を象徴する重要な一点です。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? この作品は、ピカソが七十九歳であった一九六〇年に描かれました。この時期は、ピカソの創作活動における最晩年にあたります。ピカソは一九五〇年代から一九六〇年代にかけて、キュビスムの構造主義を解体しようとする実験的な試みを行っており、この作品も非キュビスム的な視点から横たわる裸婦を描いた点で重要とされています。 一九五三年頃からジャクリーヌ・ロックがピカソの恋人となり、一九六一年に結婚しました。このジャクリーヌとの関係や、フランス南部のムージャンでの生活は、ピカソの作品に大きな影響を与え、彼の関心がより内的な世界へと向かうきっかけとなりました。 ピカソの晩年の作品は、エル・グレコ、ドラクロワ、ベラスケス、マネといった過去の巨匠たちの作品を再解釈し、そこに自身の芸術的創造の秘密を探る試みが顕著に見られます。国立西洋美術館の解説では、「横たわる女」が、マネの代表作「オランピア」を想起させるという指摘もあります。 これは、女性の官能性や画家の視線といったテーマを通じて、美術史との対話を行おうとするピカソの意図を示唆しています。この時期の作品は、技巧や構図といった形式美よりも、内なる情動や原初的な衝動といった「生の本質」を表現しようとする傾向が強く見られます。

どのような技法や素材が使われているのか? 「横たわる女」は、カンヴァスに油彩で描かれています。 作品のサイズは、縦六十センチメートル、横七十三・二センチメートルです。 画面左上にピカソの署名があり、カンヴァスの裏には一九六〇年四月十八日という制作年月日が記されています。 この時期のピカソの画風は、大胆で力強い筆致と、単純な絵具の塗りが特徴です。構図は形態の解体と再構成を伴い、紫や青といった鮮やかな固い色調が画面を支配し、女性の肌の色や背景と対比されています。 国立西洋美術館による科学調査では、赤外線反射画像から、制作過程で女性の左肩付近が大きく描き直されていたことが明らかになっています。これは、ピカソが晩年においても、試行錯誤を繰り返しながら作品を作り上げていたことを示しています。

どのような意味を持っているのか? この作品に描かれているのは、目を閉じて微笑みを浮かべ、横たわる裸婦の姿です。ベッドには黒猫が伴われています。 この「横たわる女」のモチーフは、ピカソの晩年において、性愛と生命の根源的なイメージ、そして芸術的創造性という二つの重要なテーマが深く関係していることを示唆しています。 女性の姿は単純化され、抽象化されていますが、その姿勢や表情からは静けさや瞑想的な瞬間が伝わってきます。 マネの「オランピア」との関連性からは、裸婦像という古典的なテーマを扱いながらも、既存の表現を乗り越えようとするピカソの挑戦的な精神が読み取れます。

どのような評価や影響を与えたのか? ピカソの晩年の作品群は、制作当初、その荒々しく自由奔放な表現から、「ピカソは老いた」といった批判的な評価を受けることもありました。 しかし、一九八〇年代以降の「バッド・ペインティング」の出現などを経て、彼の晩年の作品が持つ自由さや生の表現が、現代的な感覚として再評価されるようになりました。 「横たわる女」は、非キュビスム的な視点から裸婦を描いた重要な作品として評価されており、ピカソがキュビスム以降も新たな表現を追求し続けた証として、美術史的な意義を持っています。 この作品は、梅原龍三郎氏から国立西洋美術館に寄贈されて以来、多くの展覧会で紹介されており、日本でピカソの晩年の表現に触れることのできる貴重な一点として、その価値が広く認識されています。