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女性の肖像(クラーナハ (子)に基づく)

Pablo Picasso

パブロ・ピカソの「女性の肖像(クラーナハ(子)に基づく)」について、詳細を説明します。

この作品は一九五八年に制作されたリノカットによる版画で、国立西洋美術館に所蔵されています。新潟市美術館では「若い女の肖像(クラーナハ(子)による)Ⅱ」という名称でも紹介されています。これはピカソの晩年の重要な創作活動の一端を示すものです。

制作の背景と経緯、意図

パブロ・ピカソは二〇世紀最大の芸術家の一人として知られ、生涯を通じて多様な表現形式や技法に挑戦し続けました。彼の長い創作人生の中で、一九五〇年代後半には、過去の巨匠たちとの「対話」に新たな情熱を傾けていました。一九五八年に制作されたこの「女性の肖像(クラーナハ(子)に基づく)」は、一六世紀ドイツ・ルネサンスの画家、ルーカス・クラーナハ(子)が一五六四年に描いた「女性の肖像」に直接着想を得たものです。ピカソは、古典的な肖像画を自身の視覚言語で再構築し、そこに新たな生命を吹き込むことを試みました。これは単なる模倣や引用に留まらず、「古典」と「現代」、「伝統」と「実験」が交差する野心的な作品であり、ピカソ芸術の核心に迫る鍵を秘めていると言えます。この時期、ピカソはディエゴ・ベラスケスの「ラス・メニーナス」を再解釈した連作(一九五七年開始)も手掛けており、古今の名画と向き合うことで、自身の芸術の可能性を広げようとしていました。晩年のピカソは、これまでの自作のテーマを再び取り上げ、多くの時代の特徴を融合させることで、自由奔放な創作を展開しました。

技法と素材

この作品は「リノカット」という版画技法を用いて制作されました。リノカットとは、リノリウムという、樹脂や木粉、コルク粉などを混ぜて固めた素材を版材として使う凸版(とっぱん)技法の一種です。木版画と同じく、インクを付着させたい部分を残して版を彫り進めます。リノリウムは木材に比べて柔らかく、木目による制限を受けないため、どの方向にも抵抗なく彫ることができ、大胆で躍動感のある描画を表現しやすいのが特徴です。一方で、木材よりも耐久性に劣るため、細かく彫りすぎると破損しやすいという面もあります。ピカソは七十七歳となる一九五八年から本格的にリノカットに取り組み始め、一九六三年までに百点以上の作品を完成させました。通常、多色刷りのリノカットでは、薄い色から濃い色へとインクを刷り重ねていくのが一般的です。しかしピカソは慣例にとらわれず、一度紙を黒く刷ってから版を彫り、次に白いインクで印刷するなど、自由な発想で制作しました。彼はまた、摺師(すりし)のイダルゴ・アルネラの協力を得て、多色刷りリノカットの新たな制作方法を生み出したと言われており、「女性の肖像(クラーナハ(子)に基づく)」は、ピカソ初のカラーリノカットであるとされています。多色刷りリノカットは、複数の版を正確に重ね合わせる「見当合わせ」が非常に難しい技法ですが、ピカソはこれにも挑戦し、その技術を革新しました。

作品の意味

ルーカス・クラーナハ(子)のオリジナル作品は、豪華な衣装と宝飾品を身につけた上流階級の女性を正面から描いた典型的なルネサンスの肖像画で、威厳と気品が漂い、当時の美の理想を表現していました。ピカソは、この古典的なイメージを自身のキュビスムや他の様式で培った独自の視覚言語を通して再構築することで、伝統的な規範に挑戦し、新しい芸術表現の可能性を示しました。これは、過去の巨匠に対する単なる賛辞ではなく、ピカソ自身の創造性と絶え間ない探求心を象徴するものです。古典作品を現代に引き寄せ、自身の解釈を加えることで、時代を超えた芸術の普遍性と、移り変わる芸術の多様性を示そうとしたと解釈できます。

評価と影響

ピカソは二〇世紀において最も影響力があり、多作な芸術家の一人として、その革新性と独創性により高く評価されています。彼はキュビスム、シュルレアリスム、そして抽象表現主義など、様々な芸術スタイルを開拓し習得しました。リノカットという技法においても、彼はその可能性を大きく広げました。リノカットは元々、美術教育用として普及した側面がありましたが、ピカソが一九五八年頃から本格的にこの技法に取り組んだことで、その芸術的地位を確立しました。彼の多色刷りリノカットにおける革新的なアプローチは、後続のアーティストたちにも大きな影響を与えました。この「女性の肖像(クラーナハ(子)に基づく)」を含む晩年の作品群は、ピカソが生涯を通じて芸術の形式と表現の限界に挑み続けたことを示す証拠であり、彼の芸術がいかに多様で尽きることのない探求心に満ちていたかを物語っています。展示会タイトルにある「青の時代を超えて」という言葉は、ピカソが初期の特定の様式にとどまることなく、常に新しい表現を追求し続けたその芸術家としての姿勢を的確に表しています。彼の作品は、深いテーマや感情を力強く表現し、見る者の心に響き、現代美術の発展に計り知れない影響を与え続けています。