オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス

Pablo Picasso

ピカソの「夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス」について、詳細を説明します。

  1. 作品の背景・経緯・意図

この作品「夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス」は、パブロ・ピカソが1934年に制作し、1939年に刷られた版画です。この時期、ピカソは神話と現実、暴力と純粋性、欲望と救済といった二項対立を融合させながら、自己の存在と創造の根源を問い直していました。特に1930年代初頭から、ピカソはミノタウロスというギリシャ神話の存在に魅せられ、様々な形で作品に登場させています。

ミノタウロスは、クレタ島のミノス王の妻パシパエと雄牛の間に生まれた、牛の頭と人間の体を持つ怪物です。人間を食らう凶暴な性質を持つ一方で、どこか悲しげな孤独を宿すキャラクターでもありました。ピカソは、この異形の存在を通じて、芸術家としての自己を投影しました。制御しきれない衝動や暴力性、性的な欲望と創造のエネルギー、そして深い孤独といった、自らの内面的な矛盾をミノタウロスという形象に託したのです。

この作品におけるミノタウロスは、これまでの作品に見られたような暴力的な存在ではなく、盲目となり杖をつき、少女に手を引かれている姿で描かれています。これは、ピカソ自身の内面の変化や苦悩の反映とも解釈できます。彼は当時、妻オルガ・コックロヴァとの関係が冷え切る一方で、若い恋人マリー・テレーズ・ワルターとの愛に溺れており、家庭と恋愛、責任と情熱の間で揺れ動いていました。ミノタウロスが盲目であることは、こうした精神的な混乱や迷いを象徴しているとも言われています。

また、ピカソは幼少期に父が闘牛と鳩を好んで描いていたことから、ミノタウロス(闘牛)と鳩のモチーフに父への追慕の念も込めていた可能性があります。

  1. 技法や素材

この作品は「アクアティント」という技法を用いて制作された版画です。アクアティントは、銅版画の一種で、金属板に松脂などの粉末を付着させて腐食させることで、水彩画のような柔らかな濃淡を表現できるのが特徴です。

国立西洋美術館の所蔵作品は「アクアティント、紙」と記されており、横浜美術館のコレクションでは「アクアチント、メゾチント、紙」と記載されています。 アクアティント特有の柔らかく繊細な濃淡が、この幻想的な情景に深みを与え、強いコントラストではなく、暗い陰影によって作品全体が夢の中の出来事のように浮かび上がっています。これはピカソの版画技術の円熟を示すとともに、見る者の内面へと問いかけるような精神性を湛えています。

  1. 意味

作品の主要な登場人物である盲目のミノタウロスは、ピカソ自身の「分身」であり、愛や欲望、暴力性、創造の衝動、そして苦悩といった複雑な内面を表しています。彼は、かつて欲望のままに破壊を繰り返していた怪物が、今や見えない存在へと変貌し、導かれる側に回っています。

ミノタウロスを導く少女は、白い衣をまとい、胸に鳩を抱いています。鳩は古来、平和や純粋さ、霊性の象徴とされてきました。この鳩の存在により、少女は単なる案内人ではなく、ミノタウロスの魂の導き手、あるいは救済者として解釈されます。彼女はピカソの当時の恋人マリー・テレーズ・ワルターがモデルであるとされていますが、彼女の純粋さや無垢さが、ピカソの内なる葛藤や欲望に光を当てる存在として描かれています。

画面は夜の海辺の情景が舞台となっており、月光がぼんやりと差し込みます。画面中央にミノタウロスと少女が描かれ、画面右下には小舟の上からその様子を黙って見守る漁師らしき二人の男、左側には距離を取って立ち尽くすもう一人の青年が配置されています。これらの傍観者は、ピカソ自身の多角的な視点や、自身の状況を客観的に見つめる目を象徴しているとも考えられます。

この作品は、肉体の喜びや欲望の象徴として描かれてきたミノタウロスが、ここでは盲目の放浪者へと変貌し、無垢な少女に手を引かれる姿を通じて、芸術と人間存在の真実を語っています。キリスト教的な赦しや浄化の主題もそこに通底しており、ピカソは単に神話をなぞるのではなく、神話という普遍的構造を利用しながら自らの内面、芸術家としての自我、恋人との関係、自らの過去と未来を物語っています。

  1. 評価や影響

「夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス」は、ピカソの1930年代の作品群、特に「ミノタウロス」を主題とした一連の版画の中でも代表的な傑作として評価されています。この時期の作品は、キュビスムの創始者や「ゲルニカ」の画家といった一般的なピカソのイメージの向こうにある、より内省的で神話的、かつ私的な世界を深く探求したものであり、その精神性が高く評価されています。

この作品は、ピカソが自身の内面の葛藤や、愛と苦悩を神話の登場人物に重ね合わせて表現する手法の深さを示しています。鑑賞者に対して、私たち自身の中にいる「ミノタウロス」を見つめ直し、何を見ようとし、何を見失っているのか、誰に導かれ、誰を導こうとしているのか、そして目に見えぬ夜をどう生きるのか、という深い問いかけを投げかけています。 このような多層的な意味と、アクアティントの繊細な表現が相まって、時代と文化を超えて鑑賞者の心に語りかける作品として、現在でも多くの人々に影響を与え続けています。