Pablo Picasso
パブロ・ピカソの「青い胴着の女」は、一九二〇年に制作された、鉛筆、水彩、グアッシュを用いた紙作品で、国立西洋美術館に所蔵されています。この作品は、ピカソの創作活動の中でも「新古典主義の時代」と呼ばれる時期に生み出されました。
どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 一九二〇年は、第一次世界大戦が終結して二年後のことで、ヨーロッパは近代の急激な進歩と破壊的な結果に疲弊し、混沌から秩序への回帰を求めていました。芸術の世界でも、激しい抽象表現や実験的な様式から一転し、静かで調和的な表現への憧れが生まれていました。ピカソもこの流れの中に身を置き、キュビスムの革新的な表現から、より具象的で静かな表現へと方向転換していました。この時期は、ピカソがあえて「古典」に立ち返った、「間奏曲」のような時代とされています。彼は一九一七年のイタリア旅行で古代ギリシア・ローマ彫刻やイタリア・ルネサンス美術、フランス古典主義、新古典主義の絵画から深く影響を受け、調和と均衡のとれた画面を構成するようになりました。一九一七年にロシア・バレエ団の舞台装置や衣装製作のためローマに滞在した際、バレエダンサーのオルガ・コクローヴァと出会い、後に結婚したことも、古典的な美しさを描く新古典主義の時代へとピカソを向かわせる一因となったと言われています。この作品は、現実の特定の人物をモデルにしているというよりも、ある理想的な女性像、あるいは精神的な女性性の象徴として描かれているように見えます。
どのような技法や素材が使われているのか? 「青い胴着の女」は、鉛筆、水彩、そしてグアッシュという比較的軽やかな素材を紙に用いて描かれた中型サイズの作品です。 水彩画でありながら、白の不透明水彩(グアッシュ)を加えることで、画面に重厚感が与えられています。 この技法の選択は、ピカソが油彩画の重厚さから距離を置き、より内面的で個人的な表現を模索していたことを示唆しています。紙に描かれたこの作品は、あたかも日記の一ページのように、ピカソの静かな思索の痕跡を留めています。 水彩とグアッシュは、布地の質感や肌のトーンを微妙に描き分け、光と影の間に繊細な層を築いています。
どのような意味を持っているのか? 作品に描かれた女性は、力強くがっしりとした身体つきで、堂々とした存在感を放っています。その手は静かに胸元に置かれ、その仕草は内省や自制を象徴するかのようです。 作品のタイトルにある「胴着」は上半身を覆う衣服の一種で、しばしば中世風のコスチュームや演劇的な衣装を想起させます。 ピカソが用いた青の色調は決して鮮やかなものではなく、むしろ少し褪せた灰色に近いトーンで、深い落ち着きと内省を感じさせます。この青は、かつての「青の時代」の悲哀に満ちた青とは異なり、均衡と静けさを求めるこの時期のピカソの精神を反映していると言えるでしょう。
どのような評価や影響を与えたのか? 「青い胴着の女」が制作された一九二〇年代は、ピカソがキュビスムの先駆者として絵画表現を根本から覆す革新を行った後、より具象的で静かな表現へと方向転換していた「新古典主義」の時代に当たります。 この時期のピカソは、古典美を求めて調和や均衡のとれた画面を構成し、壮大で穏やかな様式を確立しました。 国立西洋美術館の松方コレクションの一部として収蔵されているこの作品は、日本の近代美術史においても特別な位置を占めています。 戦後、松方コレクションの一部が日本政府に寄贈され、一九五九年の国立西洋美術館の開館と共に公開されたことで、日本の鑑賞者もピカソの作品を実物で体験できるようになりました。 この作品は、派手さや劇的な物語性には乏しいかもしれませんが、ピカソ芸術の静かな呼吸であり、その息遣いは百年の時を超えて私たちに新たなまなざしを呼び起こしてくれます。 また、ピカソの新古典主義の作品は、その力強く伸びやかな姿勢を持つ人物や生き物を通して、オールドマスターのスタイルを再解釈しており、彼の作品の特異性を際立たせています。