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道化師

Pablo Picasso

パブロ・ピカソの「道化師」は、一九一八年に制作された鉛筆で紙に描かれた作品で、国立西洋美術館に所蔵されています。この作品は、ピカソの画業の中でも特に「新古典主義の時代」と呼ばれる時期に位置づけられます。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? 一九一八年は、ピカソがロシア・バレエ団のバレリーナであったオルガ・コクローヴァと結婚した年であり、彼の作風が大きく変化した時期にあたります。第一次世界大戦後のヨーロッパでは「秩序への回帰」という空気が広がり、多くの前衛画家たちが古典的な造形美へと回帰しました。ピカソもその影響を受け、キュビスムで徹底的に形態を分解したのち、古典的な写実表現へと一時的に回帰する「新古典主義の時代」(一九一八年から一九二四年頃)に入ります。 この時期、ピカソは舞台芸術の仕事でイタリアを訪れ、古代ローマやルネサンスの古典様式に感銘を受けました。 また、妻オルガが「分かりやすい絵を描いてほしい」と要望したことも、キュビスムから離れて古典的な写実描写に取り組むきっかけになったと言われています。 「道化師」というモチーフは、ピカソにとって重要な題材の一つであり、彼の「バラ色の時代」(一九〇四年から一九〇六年頃)にもサーカスの旅芸人や曲芸師がよく描かれています。

どのような技法や素材が使われているのか? この作品は「鉛筆、紙」を素材とし、「素描」に分類されます。 新古典主義の時代には、古典的な陰影法による量感や、彫刻的で単純化されたフォルムが特徴とされています。 国立西洋美術館の「ピカソの人物画」展の解説によると、この「道化師」は、コメディア・デラルテに由来するピエロを表現しているとされています。

どのような意味を持っているのか? ピカソにとって「道化師」は、単なる人を笑わせる存在ではなく、孤独感を抱えた芸術家自身の姿を投影するモチーフでした。多くの道化師の作品で、彼らは笑っていないことが指摘されています。 道化師には、芸を演じる者に特有の孤独感がつきものですが、ピカソもまた芸術を志す者としての孤独感を深く感じていたと考えられます。

どのような評価や影響を与えたのか? 「道化師」という具体的な作品に対する直接的な評価や影響についての詳細な情報は見つかりませんでしたが、一九一八年頃に始まったピカソの「新古典主義の時代」は、キュビスムからの解放であり、写実的な人物像を描き始めたことで、戦中から戦後にかけてフランス美術界を支配した「秩序への回帰」の傾向に先鞭をつけました。 この時期のピカソは、キュビスムと並行しながら古典的で写実的な作品を描き、その後のシュルレアリスムへの接続にも繋がっていきます。 「ピカソ 青の時代を超えて」という展覧会は、ピカソの初期の「青の時代」を原点としつつ、キュビスムの探求、そして円熟期から晩年までの画業を捉えなおす試みであり、国内外の重要な作品を通じて、彼の創造の軌跡に迫るものです。 この展覧会では、ピカソが描きながら大胆に作風を変えていったことが、彼のすごさの秘密であり、制作のエッセンスであると評価されています。