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サルタンバンク

Pablo Picasso

パブロ・ピカソのドライポイント作品「サルタンバンク」について、詳細を説明します。

この作品は、ピカソが「青の時代」から「バラ色の時代」へと移行する、一九〇五年に制作されました。この時期のピカソは、親友の自殺を乗り越え、パリのモンマルトル地区にある共同アトリエ「洗濯船」に拠点を移し、恋人フェルナンド・オリヴィエと出会ったことで、画風が明るい色彩へと変化していく転換期にありました。彼はモンマルトルのメドラノ・サーカスによく通い、社会の底辺に生きる旅芸人たち、すなわち「サルタンバンク」を主題とする作品に熱心に取り組みました。このシリーズは、ピカソ初期の最高傑作の一つとされています。制作当時ピカソはまだ貧しく、高価な版を買うことができなかったため、友人の刷り師ドラトールから使い古しのジンク版をもらい、版画制作を開始しました。この「サルタンバンク」は、当初はほとんど売れませんでしたが、一九一三年に画商のアンブロワーズ・ヴォラールが版権を買い取り、二百五十部の限定版として再び刷られ、版画家としてのピカソの名声が高まるきっかけとなりました。

使われている技法は「ドライポイント」です。ドライポイントは、銅版画の技法の一種で、銅板にニードルなどの針状の道具で直接描画します。この「ドライ(乾いた)」という名称は、酸を用いた腐食法を使わないことに由来し、「ポイント(点)」は先端を持つ道具で線刻することを示します。ニードルで銅板を引っ掻くと、線の両脇に銅の「まくれ(バー)」が盛り上がります。このまくれにインクが絡み、刷った際に独特のにじんだような柔らかな線を生み出すのが特徴です。エッチングのように腐食液を使用しないため、比較的自由に線を描くことができますが、プレス機で刷るたびにこのまくれがつぶれやすいため、多くの枚数を刷ることができないという特徴があります。この作品は一九〇五年に原版が制作され、一九一三年に刷られました。

この作品に描かれているサルタンバンクは、通常のサーカス団とは異なり、主に路上で大道芸を披露していた旅芸人のことを指します。彼らは社会の最下層に属する人々であり、社会からの孤立、旅という住処を持たない孤独、そして貧困といった、当時のピカソ自身の状況とも重なる要素を象徴的に表現していると解釈されています。ピカソは、そうした人々の貧しさや不幸に耐え、助け合いながら生きる姿の美しさを描きました。作品全体に漂う静かで内省的な雰囲気は、「青の時代」の感傷的な想いから抜け出し、新たな境地を模索するピカソの精神状態を反映していると言えるでしょう。

「サルタンバンク」シリーズは、ピカソが生涯にわたり数多くの作品を残す中で、最初の本格的な版画作品シリーズとして非常に重要な位置を占めています。画家にして版画家としてのピカソの出発点であり、彼の描写力の素晴らしさを示すものとして高く評価されています。特にドライポイントの細く繊細な線は、主題とよく合致し、作品の魅力を一層引き立てています。

この作品は国立西洋美術館に所蔵されており、「ピカソ 青の時代を超えて」といった展示会タイトルで紹介されることもあります。ピカソの人物画は、生涯にわたり彼の中心的な主題であり、本作もその多様な表現の一端を示しています。