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自画像 / Selfportrait

ヘンドリク・ホルツィウス / Hendrik Goltzius

ヘンドリク・ホルツィウスの作品「自画像」について、その背景、技法、意味、そして評価と影響について詳しく説明します。

1.制作の背景・経緯・意図

ヘンドリク・ホルツィウスは、一五五八年に生まれ一六一七年に没した、ドイツ出身のオランダの版画家、素描家、そして画家です。初期バロックまたは北方マニエリスムを代表する芸術家であり、特にエングレービングにおける高度な技術と革新性で知られていました。

この「自画像」は、一五九〇年から九一頃に制作されたと考えられています。この時期は、ホルツィウスがイタリアへの長期旅行(一五九〇年から九一年)を終えた直後、あるいは旅行中に制作された、彼の芸術家としてのキャリアにおいて非常に重要な転換期にあたります。彼はこのイタリア旅行中に、ミケランジェロをはじめとするルネサンスの巨匠たちの作品に強い影響を受け、色彩を用いた肖像画の新たな可能性を探るようになりました。当時すでに名声を得ていたホルツィウスは、その名が知られることや、生まれつき変形していた右手を隠すため、変装して旅行したと伝えられています。

この頃、ホルツィウスは友人の肖像画や自画像を、色彩豊かなチョークを使って数多く描いています。これらの作品は、彼の個人的な出会いの記念や友人への贈り物、いわゆる「アミティ・ポートレート(友情の肖像画)」として制作されたと考えられています。 また、これらのチョークによる肖像画は、彼が版画制作で培った線描表現から、一六〇〇年頃に本格的に取り組む油彩画へと移行するための重要なステップでもありました。 この自画像のような完成度の高い素描は、パトロンや尊敬する友人に見せるために制作された可能性もあります。

2.技法や素材

この「自画像」には、黒、赤、黄のチョークが使われ、さらに青と緑の淡彩が加えられ、白チョークによるハイライトも施されています。作品は紙に描かれ、黒い枠線で囲まれています。 [作品詳細]

ホルツィウスは、エングレービングにおいて、線を太くしたり細くしたりして遠近感や陰影を表現する「膨らんだ線(swelling line)」という技法を比類ないレベルにまで高めたことで知られています。 しかし、この「自画像」は素描作品であり、彼がイタリアから帰国した後に特に力を入れた、色彩豊かなチョークと淡彩を組み合わせた技法が用いられています。彼は、ドライな画材であるチョークとウェットな淡彩を巧みに融合させ、肖像画に色彩の新たな可能性をもたらしました。

これらのチョークによる肖像画は、油彩画ではなく「乾燥した色彩と淡彩で描かれた自律的なプレゼンテーションシート」と評され、ホルツィウスが色彩の達人として新たな自己像を確立していく上で重要な役割を果たしました。 彼の巧みな画材の扱いは、異なるメディア間の境界を曖昧にし、描かれた人物がまるで呼吸しているかのように生き生きと見せる効果を生み出しました。

3.作品が持つ意味

この「自画像」は、単なる自身の容姿の記録に留まらず、ホルツィウスの芸術家としてのアイデンティティと、その進化を示す意味を持っています。

まず、彼の数多くの自画像の中には、版画職人としての自らを表現するため、ビュラン(彫刻刀)と銅版を持つ姿で描かれたものもあります。これは、彼が当時すでに欧州中で高い評価を得ていた版画家としての地位と誇りを示すものです。 スウェーデン国立美術館の作品に関する特定の描写は少ないものの、自画像という形式自体が、当時の著名な芸術家が自身の名声と技術に対する自信を表明する手段でした。

また、この作品で用いられている色彩豊かなチョークの使用は、彼が版画における線描表現から、より絵画的な色彩表現へと関心を移しつつあった、芸術的探求の過程を示すものです。 これは、彼が版画家としての枠を超え、画材としての色彩の可能性を追求し、画家として新たな境地を開こうとしていたことを示唆しています。

そして、この作品が「友情の肖像画」として制作されたものであれば、個人的なつながりや友人への贈り物としての意味合いも持ちます。

4.評価と影響

ヘンドリク・ホルツィウスは、その洗練された技法、卓越した技術力、そして構成の豊かさによって高く評価されていました。彼は「優れた画家としての権威を持って描いた最後の専門的な版画家」と称されています。

彼の素描、特にイタリア旅行後に制作された色彩チョークによる肖像画は、その卓越した写実性で同時代の芸術家たちを魅了し、イタリアの伝記作家バグリオーネをして「驚くべき」技法と感嘆させました。 これらの作品は、ホルツィウスがチョークによる色彩の達人として新たなイメージを作り上げ、後の油彩画への移行における重要な足がかりとなりました。

ホルツィウスは、カレル・ファン・マンデルやコルネリス・コルネリスゾーン・ファン・ハールレムとともに「ハールレム・アカデミー」を設立し、北方マニエリスムの発展に大きな影響を与えました。 彼の作品は、その後のネーデルラント美術、特に版画や素描の分野に計り知れない影響を与えたと言えるでしょう。

この作品が展示された「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展」は、同美術館が誇る世界屈指の素描コレクションを紹介するものであり、素描作品は光や環境の変化に弱く展示が困難であるため、ホルツィウスのこの自画像が展示されること自体が、その芸術的価値と重要性を示す非常に貴重な機会であると評価されています。